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第三章「寵愛の帳」
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という話を、前田又左衛門から聞いた。
助けられた恩義があったので礼を言いに行くと、あの後のことを具に教えてくれた。
林殿は残念なことをなされましたと伝えると、
「いやいや、戦で死ぬのは名誉のこと。まして殿として殿の御命を守ったのじゃ、これ以上のことはなかろう」
と、なぜか又左衛門のほうが酷く嬉しそうだった。
「拙者も、常日頃より斯くあらんと思っておりまする」
前田様の今後のご活躍をお祈りいたしますと、適当な挨拶をしてその場を立とうとした。
「太若丸殿、少々……」
と、呼び止められた。
「太若丸殿は、御山の稚児であられたとか?」
またその話かと、正直嫌気がさした。
が、話はいつもと違った。
「御山では、物の怪の類を調伏されるとか?」
それが本来の御勤めではないが、そういうこともする。
「では、太若丸殿もできようか?」
吾は稚児であり、僧ではないのでできないと首を振った。
しかしまた、なぜにそのような話を?
「いや、実は……」、又左衛門は言いづらそうに口を開く、「この頃、馬廻りの中で、その……、物の怪の類を見たという者がおりまして……」
それは何かの見間違いでは?
「左様、拙者も最初はそう思って相手にしていなかったのですが、それが日を追うたびに見たという者が増えて……」
馬廻り組の中で、ちょっとした騒ぎになっていたらしい。
それが此度の戦で、物の怪の類を見たという者のほとんどが討ち死にしたので、これは祟りではないかと恐れているという。
祟りとは、何れの?
「浅井、朝倉のです」
首を京で獄門に晒しているので、その祟りではないかとの噂だ。
「みな、今度は己がそれを見るのではないかと恐れているのですよ」
戦では勇猛果敢な侍たちも、こういった類には弱いらしい。
「いや、拙者は信じてはおりませんが、こういう噂が広まると厄介でして………………」
確かにである。
もう一方の筆頭である佐々殿は如何に?
「ああ、あの人は、そういうものを全く信じない人なので。むしろ、そのような腰抜けは馬廻りにいらぬと」
殿には?
「とんでもない」と、慌てて首を振る、「殿も同じですよ、そのような臆病者はいらぬと、全員打ち首ですよ」
然もありなん。
「しかし、このままでは馬廻りの士気にかかわりますので、そこで太若丸殿から殿に……」
この件を伝え、調伏の儀をやって欲しかったらしい。
とんでもないと、今度は太若丸が首を振った。
佐々殿や前田殿が申し上げられないことを、何故吾が申せましょうや?
「殿は、太若丸殿には信頼の念を抱いておられますので」
それは無茶なこと、それに調伏すらできませぬ、大体御山を焼いた方が、神仏など信じましょうや?
「いやいや、殿はあれで、意外に信仰が篤い。熱田様には、事あるごとに寄進をなされておられる」
熱田神社(現熱田神宮)は、日本武尊の所持する草薙剣をご祭神とする。
いわば戦の神である。
今川義元との決戦に及ぶ際、信長はここで祈願し、見事これを打ち破った。
このお礼にと、築地塀を奉納したらしい。
それ以降も、社殿を修復するなど、信奉しているらしい。
助けられた恩義があったので礼を言いに行くと、あの後のことを具に教えてくれた。
林殿は残念なことをなされましたと伝えると、
「いやいや、戦で死ぬのは名誉のこと。まして殿として殿の御命を守ったのじゃ、これ以上のことはなかろう」
と、なぜか又左衛門のほうが酷く嬉しそうだった。
「拙者も、常日頃より斯くあらんと思っておりまする」
前田様の今後のご活躍をお祈りいたしますと、適当な挨拶をしてその場を立とうとした。
「太若丸殿、少々……」
と、呼び止められた。
「太若丸殿は、御山の稚児であられたとか?」
またその話かと、正直嫌気がさした。
が、話はいつもと違った。
「御山では、物の怪の類を調伏されるとか?」
それが本来の御勤めではないが、そういうこともする。
「では、太若丸殿もできようか?」
吾は稚児であり、僧ではないのでできないと首を振った。
しかしまた、なぜにそのような話を?
「いや、実は……」、又左衛門は言いづらそうに口を開く、「この頃、馬廻りの中で、その……、物の怪の類を見たという者がおりまして……」
それは何かの見間違いでは?
「左様、拙者も最初はそう思って相手にしていなかったのですが、それが日を追うたびに見たという者が増えて……」
馬廻り組の中で、ちょっとした騒ぎになっていたらしい。
それが此度の戦で、物の怪の類を見たという者のほとんどが討ち死にしたので、これは祟りではないかと恐れているという。
祟りとは、何れの?
「浅井、朝倉のです」
首を京で獄門に晒しているので、その祟りではないかとの噂だ。
「みな、今度は己がそれを見るのではないかと恐れているのですよ」
戦では勇猛果敢な侍たちも、こういった類には弱いらしい。
「いや、拙者は信じてはおりませんが、こういう噂が広まると厄介でして………………」
確かにである。
もう一方の筆頭である佐々殿は如何に?
「ああ、あの人は、そういうものを全く信じない人なので。むしろ、そのような腰抜けは馬廻りにいらぬと」
殿には?
「とんでもない」と、慌てて首を振る、「殿も同じですよ、そのような臆病者はいらぬと、全員打ち首ですよ」
然もありなん。
「しかし、このままでは馬廻りの士気にかかわりますので、そこで太若丸殿から殿に……」
この件を伝え、調伏の儀をやって欲しかったらしい。
とんでもないと、今度は太若丸が首を振った。
佐々殿や前田殿が申し上げられないことを、何故吾が申せましょうや?
「殿は、太若丸殿には信頼の念を抱いておられますので」
それは無茶なこと、それに調伏すらできませぬ、大体御山を焼いた方が、神仏など信じましょうや?
「いやいや、殿はあれで、意外に信仰が篤い。熱田様には、事あるごとに寄進をなされておられる」
熱田神社(現熱田神宮)は、日本武尊の所持する草薙剣をご祭神とする。
いわば戦の神である。
今川義元との決戦に及ぶ際、信長はここで祈願し、見事これを打ち破った。
このお礼にと、築地塀を奉納したらしい。
それ以降も、社殿を修復するなど、信奉しているらしい。
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