本能寺燃ゆ

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第三章「寵愛の帳」

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 九月二十四日に岐阜を出陣した織田本隊は、二十五日には大田の小稲葉山に着陣。

 近江からの別働隊も、二十六日には桑名に進出。

 信盛、秀吉、頼隆、長秀の四武将の西別所への攻撃によって、長島攻めの火ぶたが切って落とされた。

 四武将の戦ぶりは見事であり、本陣に多くの敵兵の首がもたらされた。

 一方、先の戦で苦い経験をした勝家と一益は、坂井城を攻撃、十月六日には陥落、次いで深谷部の近藤城を攻撃、これも見事に落とす。

 十月八日、信長は本陣を東別所に移動。

 ここ一帯の地侍が帰服を願い出たので、これを許した。

 ただ白山城の中島将監なかじましょうげんのみ帰属しなかったので、先の四武将にこれを攻撃させ、退去させた。

 今回は長島への直接的な攻撃は避けた。

 長島周辺の海域を封じなければ、幾ら攻撃しても兵力を損耗するだけで無駄であろう。

 ならばと、周辺の一向門徒を叩き、その半数が討ち死にしたので、此度の戦はこれで良かろうと、矢田城に一益を置いて、撤収を開始した。

 頃合いに光秀も、室町幕府の残党として最後まで抵抗していた静原城の山本対馬守を調略で自刃させ、その首を持参したので、上々と岐阜への帰路についたのである。

 十月二十五日、多芸山に差し掛かったところで、折り悪く雨が降り出した。

 左手は草木の生い茂った山々で、右は河口に近く、雨にやられて泥深くて、葦が生い茂る。

 下りも右へ左へとうねる、だらだら道である。

 風も出てきて急激に冷え込み、人足たちの中には凍死する者も出てきた。

 信長は、早々に抜けるように命ずるが、八万の大軍が速やかに行動できるわけもない。

「太若丸、馬に乗れ! 足元が心許ない」

 信長の馬に並んで歩いていたが、このままでは足手纏いになると思ったのか、信長が自らの馬に乗るように促した。

 他の小姓たちが睨みつける。

 己だけ殿の馬に乗っては、また何を言われるか分からない。

 だが、断れば機嫌を損ねよう。

 他の者と険悪な中になるよりも、殿から叱責されるほうが面倒と、太若丸は素直に信長の跨る馬に乗った。

 馬は、ひとり分増えて重たそうだが………………

「どうした、寒いか? こうすれば温かい」

 信長は、後ろから手を回し、抱きかかえてくる。

 温かい………………

 ほっと落ち着いたところに、目の前に何かが通り過ぎた。

 刹那、馬が嘶き、暴れまわる。

 太若丸は、振り落とされまいと必死で首にしがみつく。

 見ると、馬の首に矢が刺さっている。

 信長が手綱を操って落ち着かせようとしたが、馬は痛さに耐えきれず、二人を振り落として倒れこんでしまった。

「殿!」

 母衣衆の内蔵助や又左衛門尉が駆け寄ってくる。

「何事か!」

 これがはじまりであった。
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