本能寺燃ゆ

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第三章「寵愛の帳」

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 翌日、お歴々が集まる中で、藤吉郎に対し、殿から北近江一帯を差配する朱印状が渡された。

 同時に、褒美として姓名も賜る。

 打合せ通り、姓は〝羽柴〟と決まった。

「右衛門尉、修理亮、左衛門尉はそれで良いのか?」

 信盛、勝家、長秀は「問題なく」と頷いた。

「それで、猿の名じゃが……」

「殿、拙者の名でございますが、太若丸殿につけていただきたいのですが………………」

「太若丸に?」、後ろに控えていたが、信長が振り返り、じろりと睨みつけた、「うむ、よかろう」

 それでは……と、太若丸は〝秀吉〟は如何でしょかと口を開いた。

「うむ、秀でた吉の男か、猿にしては大層な名じゃな。何故、その名にした?」

 その昔、朝比奈三郎義秀あさひなさぶろうよしひでという武将がいた。

 鎌倉右大将(頼朝)を支えた侍所別当和田左衛門尉義盛わださえもんのじょうよしもりの三男である。

 鎌倉右大臣(実朝)亡き後、執権北条氏の専横に対抗し義盛が一族をあげて反抗する ―― いわゆる『和田合戦』である。

 このとき、破竹の活躍をしたのが義秀で、幕府軍を恐れさせた。

 もともと巨漢で、力持ちであったらしく、二代将軍頼家の前で海に潜り、大きな鮫三匹を抱えて上がってきたという逸話もある。

 最終的に和田合戦は、和田一族敗北で幕を閉じるが、義秀は最後まで奮迅し、行方をくらましたとか。

〝義秀〟のように忠臣で、働き者ではあるが、体格はまるで正反対なので、名をひっくり返して〝秀義〟、さらに〝義〟は先の将軍義昭と同じで良い例ではないので、〝吉〟と改め、〝秀吉〟としたと答えた。

 たまたま、あのとき開いていた書物が『吾妻鏡』であったので、その中からこじつけただけである。

 ちなみに、和田義盛の子が、三浦義明みうらよしあきの孫佐久間家村さくまいえむらの養子となり、佐久間朝盛とももりと名乗った。

 その孫家盛いえもりが、承久の乱で活躍し、上総国夷隅郡と尾張国御器所を賜ったことで、尾張佐久間氏がはじまる。

 この姓を受け継ぐのが〝信盛〟である。

 ここで、佐久間家の名を出すことで、藤吉郎は織田家の重臣たちと強い繋がりを持つこととなる………………という、太若丸の配慮である。

 信長は、この話をいたく気に入ったようで、珍しく大笑いし、

「よかろう、此度より〝羽柴藤吉郎秀吉〟じゃ」

 と、これを許した。

「ありがたき幸せにござりまする」

 藤吉郎 ―― 改め秀吉は、深々と頭を下げる。

「うむ、だが、儂は〝猿〟と呼ぶ、よいな〝猿〟」

「はっ!」

「流石は〝猿〟、芝居が上手い。のう、太若丸」

 振り返り、にやりと笑う。

 どうやら、殿にはお見通しのようだ。

 こうして羽柴藤吉郎秀吉は、北近江の支配権を賜り、織田の中では十兵衛に続いて二番手にあがった。
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