本能寺燃ゆ

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第三章「寵愛の帳」

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 そうこうしていると、またまた珍しい人が顔を出した。

 藤吉郎である。

「太若丸殿、ちょっと宜しいか? おっ、これは勘九郎様、お話のところでしたか、失礼いたしました」

 と、下がろうとしたので、信重が、

「構わん」

 と、止めた。

 藤吉郎は遠慮気味に座った。

 いつこちらにと訊くと、数日前にと答える。

 実際は、藤吉郎がこちらに戻ってきたと殿から聞いていた。

 藤吉郎に北近江支配の朱印状を出すと言ったら、わざわざ取りにきたそうだ。

『なに、それは口実で、御寧逢いたさに戻ってきたのよ』

 と、殿は笑っていたが。

「何の話をなされていたので?」

 藤吉郎が訊くので、信重の愚痴を聞いていたと答えた。

 信重は、それは言うなという顔をしていたが、このまま続けられても面倒なので、早いところ切り上げてもらうために、藤吉郎に正直に話した。

「ほう、どのような?」

 と、藤吉郎が訊くので、信重はしぶしぶ答える。

 信重は話している間、藤吉郎はうむうむと頷きながら聞いていたが、終わると、

「それは違いまするぞ、勘九郎様」

 と、強い口調で言った。

「何が違うのじゃ?」

「此度の戦の一番手柄は、勘九郎様でございまするぞ」

「何を言うか、此度の手柄はそなたではないか」

 確かに、此度の越前・北近江攻めの一番手柄は藤吉郎であると、誰もが思っている。

 ここまで早く、浅井・朝倉勢を落とせたのも、藤吉郎が内部工作を行い、戦場でも一番に駆け、昼夜関係なく働いたお陰である。

 特に、お市の方を助け出したのは、大手柄であった。

 殿は、その褒美として、藤吉郎に北近江の支配を委ねられたのである。

 国持になるのは、筆頭格の佐久間信盛、柴田勝家、丹羽長秀など古参の家臣を抜き、十兵衛に次いで二番目である。

 大変名誉なことである。

「それに比べて………………」

 と、信重は拗ねる。

「勘九郎様」と、藤吉郎は諭す、「何を言われますか、国持など小さい、小さい。勘九郎様は殿の跡継ぎ、ゆくゆくは天下を継がれるわけですから、そのようなことでご機嫌を損ねて、如何なされますか? それに、此度の戦で勘九郎様が虎御前山をしっかりと守護なされ、小谷の浅井を引き留めておいていただけたので、拙者らが後背の心配をせずに、越前朝倉を攻めることができたのですぞ。小谷攻めに際しても、虎御前山に勘九郎様がいらっしゃったからこそ、浅井も逃げることができずに、最後は自刃したのでございます。すべては勘九郎様の手柄にございます」

 その後も、藤吉郎は勘九郎の手柄を切々と説いた。

 それを聞いて、

「うむ、そうか……」

 と、信重もようやく納得したようだ。

 流石は人垂らしである。

「よいですか、勘九郎様、殿は必ず天下の主になられます。勘九郎様は、いまのうちに殿のお傍でその所作を学ばれ、立派な跡継ぎにおなりくだされ。この藤吉郎、誠心誠意お仕えいたしますので」

 藤吉郎の真剣な眼差しに、信重は深く頷いた。

 ようやく機嫌も直り、信重は腰を上げた。

 寝不足だったのは、殿のことを考えて眠れなかったそうだ。

「藤吉郎、ワシが天下を継いだら、頼むぞ」

 と、嬉しそうに出ていった。

 藤吉郎は、深々と頭を下げた。
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