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第三章「寵愛の帳」
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岐阜に帰っても、しばし騒がしかった。
十日に、磯野員昌が、ひとりの坊主を連れてきた。
まるで女のように小柄な男である。
杉谷善住坊という。
元亀三(一五七〇)年五月十九日、京から岐阜に下る途中、千草峠で信長は何者からかに銃を仕掛けられた。
二発撃たれたようだが、いずれも身体を掠る程度で事なきを得たらしい。
もちろん信長の怒りは凄まじいもので、仕掛けた者を徹底的に捜していたのだ。
これが高島郡の阿弥陀寺に隠れていたところを、員昌が捜し出して捕まえたらしい。
信長は喜び、菅屋長頼、祝重正二人を奉行にして、これを突き詰めた。
こんな華奢な坊主がまさかと思われたが、六角義賢に頼まれたと吐露した。
首謀者を明かせば、己は助かると思っていたのか分からないが、信長の怒りはそれでは収まらず、結局処刑されることとなった。
しかも、かなり残忍な方法で………………太若丸もその光景を見たが、今までにも残忍な状況を見てきた武将らでさえ顔を背けていた。
太若丸も、しばらく夢にまで出てきた。
そのせいで魘され、少々寝不足だ。
文机に向かって書物を開いているが、たびたびこくりこくりと首が落ちた。
「太若丸、珍しいな、そちが居眠りとは」
不意のことに慌てて振り返ると、信重である。
これは、これは、お恥ずかしいところを………………と、襟元を正した。
そういう信重も寝不足に見える。
彼の娘と、上手くっていないのか?
また、床の所作を教えてほしいと訊きにきたか?
かと思ったら、
「父上は、ワシのことが嫌いなのであろうか?」
と、唐突に話し出した。
なんのことかと思えば、此度の戦で前線に出られず、活躍ができなかったとのこと。
越前攻めでは、虎御前山の留守居役で、敵の首をあげることができなかった。
小谷攻めも、御虎前山で待っているだけで、前線に出してはもらえなかった。
「父は、ワシが活躍するのが嫌なのだろう」
と、愚痴である。
そんな馬鹿なと、太若丸は呆れた。
子の活躍を嫌がる親が、どこにいましょうと。
「いや、父上はワシを愚弄しておられる。松姫の件もそうじゃ……」
勝手に縁組を決め、勝手に縁を切る。
それは、この世の常でございますから………………と、宥めるが、なかなか納得しない。
しばらく、殿の悪口を聞かされる羽目に。
宥めようとすると、いや、こうだ、ああだと悪口が増えるので、とりあえず、そうですねと有り体に答えることとした。
十日に、磯野員昌が、ひとりの坊主を連れてきた。
まるで女のように小柄な男である。
杉谷善住坊という。
元亀三(一五七〇)年五月十九日、京から岐阜に下る途中、千草峠で信長は何者からかに銃を仕掛けられた。
二発撃たれたようだが、いずれも身体を掠る程度で事なきを得たらしい。
もちろん信長の怒りは凄まじいもので、仕掛けた者を徹底的に捜していたのだ。
これが高島郡の阿弥陀寺に隠れていたところを、員昌が捜し出して捕まえたらしい。
信長は喜び、菅屋長頼、祝重正二人を奉行にして、これを突き詰めた。
こんな華奢な坊主がまさかと思われたが、六角義賢に頼まれたと吐露した。
首謀者を明かせば、己は助かると思っていたのか分からないが、信長の怒りはそれでは収まらず、結局処刑されることとなった。
しかも、かなり残忍な方法で………………太若丸もその光景を見たが、今までにも残忍な状況を見てきた武将らでさえ顔を背けていた。
太若丸も、しばらく夢にまで出てきた。
そのせいで魘され、少々寝不足だ。
文机に向かって書物を開いているが、たびたびこくりこくりと首が落ちた。
「太若丸、珍しいな、そちが居眠りとは」
不意のことに慌てて振り返ると、信重である。
これは、これは、お恥ずかしいところを………………と、襟元を正した。
そういう信重も寝不足に見える。
彼の娘と、上手くっていないのか?
また、床の所作を教えてほしいと訊きにきたか?
かと思ったら、
「父上は、ワシのことが嫌いなのであろうか?」
と、唐突に話し出した。
なんのことかと思えば、此度の戦で前線に出られず、活躍ができなかったとのこと。
越前攻めでは、虎御前山の留守居役で、敵の首をあげることができなかった。
小谷攻めも、御虎前山で待っているだけで、前線に出してはもらえなかった。
「父は、ワシが活躍するのが嫌なのだろう」
と、愚痴である。
そんな馬鹿なと、太若丸は呆れた。
子の活躍を嫌がる親が、どこにいましょうと。
「いや、父上はワシを愚弄しておられる。松姫の件もそうじゃ……」
勝手に縁組を決め、勝手に縁を切る。
それは、この世の常でございますから………………と、宥めるが、なかなか納得しない。
しばらく、殿の悪口を聞かされる羽目に。
宥めようとすると、いや、こうだ、ああだと悪口が増えるので、とりあえず、そうですねと有り体に答えることとした。
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