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第三章「寵愛の帳」
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翌二十七日、虎御前山に戻った信長は、藤吉郎に小谷城の攻撃を命じる。
「妹君は、如何に致しましょうや?」
藤吉郎の問いに、
「構うな!」
と即答した。
信長の妹であるお市の方は、足利義昭を奉じて上洛する際、その途上にあった浅井長政を懐柔するため、嫁入りさせられた。
長政との間に、三人の娘がいる。
いわば人質であるが、これで信長が攻撃の手を緩めることなどなかった。
その夜、藤吉郎は手勢を率いて、京極丸に攻め込んだ。
京極丸は、長政が立て籠もる本丸と、父久政が率いる小丸の二つの拠点を尾根伝いに結ぶ廓である。
京極丸を占領し、長政勢と久政勢の合流を阻止した藤吉郎は、そのまま小丸を攻め、これまでと悟った久政は自刃するため、井口越前守・脇坂久右衛門に敵の侵入を喰いとめるように命じ、自らは一門の福寿庵(浅井惟安)とともに陣屋に籠った。
久政は、福寿庵、舞楽の鶴松大夫とともに最期の杯を開け、自刃。
福寿庵がこれを介錯した。
その後、福寿庵が腹を切り、鶴松大夫が介錯。
最後は鶴松大夫の番であったが、主君と同じ座敷で腹を切るのは畏れ多いいと、庭に飛び出し、切腹した。
脇坂は、鶴松大夫の死に、久政の最期を悟り、自らも後を追ったという。
この時点で、井口も討ち死にし、小丸は織田の手に落ちた。
翌日、信長自ら京極丸に上り、本丸に籠る浅井勢に猛攻撃をかける。
全軍の総攻撃である。
守る浅井勢も死に物狂いである。
一部押し返される。
「あそこは誰ぞ? 猿(藤吉郎)か? 何を手間取っておる! 又左衛門、猿に突っ込めと伝えよ! 臆病風を吹かせば、叩き切る!」
信長の怒声に、又左衛門はすぐさま馬を駆ける。
しばらくして戻ってくると、
「申し上げます、木下殿より、藤掛殿が、妹君と御息女らを連れ帰参とのこと。これより全軍で攻めるとのこと!」
見ると、藤吉郎が手勢を率いて駆け上がっている。
「猿め……、お市が逃げる手引きをしておったか」
お市の方と三人の姫は、傍仕えの藤掛三蔵永勝の手引きで本丸を脱け出すことができた。
―― 九月一日
浅井長政は、弟の玄番頭政元、家臣の赤尾美作守清綱とともに自害する。
首実検したのち、久政・長政親子の首も京へと送られ、獄門となった。
妹を嫁入りまでさせ、同盟関係を結んでいた浅井氏であったが、それに裏切られた形となり、信長の怒りはよっぽどであろうと小姓たちは噂したが、首実検の最中も意外に淡々としており、然して恨みなどないようであった。
如何に血縁関係を築こうが、己が生き残るためには裏切りも常道 ―― そんなことは、信長も百も承知であろう。
ただ、逃げ延びていた長政の嫡男万福を捜し出し、これを捕らえ、関ケ原で磔にした。
これも、世の常である………………
北近江の国人衆で、主家京極家に取って代わった浅井氏の歴史は、三代長政で幕を閉じる。
だが、浅井の血は、三人の娘たちによって受け継がれ、その後に脈々と引き継がれていくのである。
九月四日、信長は休む間もなく、勝家に六角義治の立て籠もる鯰江城の攻撃を命じた。
勝家はすぐさまこれを攻め、義治は城から退去する。
これにて、北近江一帯を支配下においた信長は、浅井の所領を藤吉郎に任せ、岐阜へと帰陣した。
「妹君は、如何に致しましょうや?」
藤吉郎の問いに、
「構うな!」
と即答した。
信長の妹であるお市の方は、足利義昭を奉じて上洛する際、その途上にあった浅井長政を懐柔するため、嫁入りさせられた。
長政との間に、三人の娘がいる。
いわば人質であるが、これで信長が攻撃の手を緩めることなどなかった。
その夜、藤吉郎は手勢を率いて、京極丸に攻め込んだ。
京極丸は、長政が立て籠もる本丸と、父久政が率いる小丸の二つの拠点を尾根伝いに結ぶ廓である。
京極丸を占領し、長政勢と久政勢の合流を阻止した藤吉郎は、そのまま小丸を攻め、これまでと悟った久政は自刃するため、井口越前守・脇坂久右衛門に敵の侵入を喰いとめるように命じ、自らは一門の福寿庵(浅井惟安)とともに陣屋に籠った。
久政は、福寿庵、舞楽の鶴松大夫とともに最期の杯を開け、自刃。
福寿庵がこれを介錯した。
その後、福寿庵が腹を切り、鶴松大夫が介錯。
最後は鶴松大夫の番であったが、主君と同じ座敷で腹を切るのは畏れ多いいと、庭に飛び出し、切腹した。
脇坂は、鶴松大夫の死に、久政の最期を悟り、自らも後を追ったという。
この時点で、井口も討ち死にし、小丸は織田の手に落ちた。
翌日、信長自ら京極丸に上り、本丸に籠る浅井勢に猛攻撃をかける。
全軍の総攻撃である。
守る浅井勢も死に物狂いである。
一部押し返される。
「あそこは誰ぞ? 猿(藤吉郎)か? 何を手間取っておる! 又左衛門、猿に突っ込めと伝えよ! 臆病風を吹かせば、叩き切る!」
信長の怒声に、又左衛門はすぐさま馬を駆ける。
しばらくして戻ってくると、
「申し上げます、木下殿より、藤掛殿が、妹君と御息女らを連れ帰参とのこと。これより全軍で攻めるとのこと!」
見ると、藤吉郎が手勢を率いて駆け上がっている。
「猿め……、お市が逃げる手引きをしておったか」
お市の方と三人の姫は、傍仕えの藤掛三蔵永勝の手引きで本丸を脱け出すことができた。
―― 九月一日
浅井長政は、弟の玄番頭政元、家臣の赤尾美作守清綱とともに自害する。
首実検したのち、久政・長政親子の首も京へと送られ、獄門となった。
妹を嫁入りまでさせ、同盟関係を結んでいた浅井氏であったが、それに裏切られた形となり、信長の怒りはよっぽどであろうと小姓たちは噂したが、首実検の最中も意外に淡々としており、然して恨みなどないようであった。
如何に血縁関係を築こうが、己が生き残るためには裏切りも常道 ―― そんなことは、信長も百も承知であろう。
ただ、逃げ延びていた長政の嫡男万福を捜し出し、これを捕らえ、関ケ原で磔にした。
これも、世の常である………………
北近江の国人衆で、主家京極家に取って代わった浅井氏の歴史は、三代長政で幕を閉じる。
だが、浅井の血は、三人の娘たちによって受け継がれ、その後に脈々と引き継がれていくのである。
九月四日、信長は休む間もなく、勝家に六角義治の立て籠もる鯰江城の攻撃を命じた。
勝家はすぐさまこれを攻め、義治は城から退去する。
これにて、北近江一帯を支配下においた信長は、浅井の所領を藤吉郎に任せ、岐阜へと帰陣した。
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