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第三章「寵愛の帳」
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十七日、敦賀で三日ほど逗留したのち、いよいよ越前へ向け進軍、木目峠を越えて、十八日には越前府中の龍門寺に本陣を移した。
義景は、一乗谷では防ぎきれないと思ったのか、館を出て、朝倉景鏡の守る大野郡山田庄六坊賢松寺に入った。
この時の、館の混乱は見ていられなかったらしい。
義景の側室や近親者、そのお付きなど、輿車に乗ることもできず、着の身着のまま逃げて行ったとか。
〝北の京〟とまで言われた一乗谷は、いまや見る影もなかった。
信長は追撃の手を緩めず、勝家、一鉄、直通、守就らに、
「抵抗を続ける平泉寺に兵を向かわせ、朝倉ともども撃滅せよ! 諸兵を分け、山中に逃げ込んだ落ち武者どもを討ち取れ!」
と命じた。
竜門寺には、落ち武者狩りで捕まった敵兵が連れてこられ、その数は百とも、二百とも ―― 信長は、小姓衆に命じて首を切らせた。
捕まった落ち武者たちは、涙を流し、声を嗄らして命乞いする。
―― 朝倉に対して忠誠はない、金で雇われたのだ、金をくれれば織田につく!
碌も、銭もいらん、命さえ助けてくれれば、織田に心を尽くす!
もとより百姓で、無理やり戦に加えられただけだ、人を殺めるなどしていない!
などと口々に叫んでいたが、信長は濁酒を飲みながら、彼らの命乞いをまるで能でも楽しむように眺めていた。
太若丸は、人の首を切ったこともなかったし ―― 小姓のほとんどがそうだ、武将の子弟とはいっても、まだ元服前で戦も知らず、おぬしらもゆくゆくは戦場に出るのだから、試しに首を切ってみろと、殿は小姓たちに首切り役をやらせたようだ ―― 意外に、首切りは力がいるので、非力な太若丸には難しいだろうと、先輩方の刀が欠ければそれを替えるなどの助け役に回った。
首切りというのは、存外難しい。
以前、十兵衛が落ち武者たちの首をいとも簡単にばっさりと切るのを見ていたので、簡単だろうと思ったが、そうでもない。
一振りでばっさりとやらねば、相手が苦しむ。
ただでさえ、切られまいと抵抗するのを押さえつけ、切るのだから、失敗すると痛みでのたうち回り、手元が狂って、さらに相手を痛がらせることに……………
初めて首を切った小姓などは、首目掛けて数回刀を振り下ろし、相手が血の海の中で息も絶え絶えになって、漸く首を刎ねることができたぐらいだ。
信長は、それさえも肴にして、濁酒を飲んでいた。
「そういえば……」、ふと、殿が口を開いた、「太若丸は、越前の生まれであったな」
初めて寝所をともにしたとき、そんな話をした覚えがある。
よく覚えていたな、退屈しのぎに、話しただけなのに………………
「戦が落ち着けば、帰ってみるか?」
珍しく優しい口調で言う。
帰ってみるかと言われても………………どこで生まれたのか、すっかり忘れた。
敦賀から越前に入る道中で、そういえば、この辺りだったかな………………などと、周辺を見まわしたが、あの時は、十兵衛会いたさが勝って、周りの景色さえも覚えていなかった。
村のことだって、首切りの一件で不意に思い出しただけで、別段帰りたいとも思わない。
父は、もう死んでいるかもしれない。
この戦で、村もなくなったかもしれない。
もとより、覚悟を持って出たのだ、帰ったところで………………
太若丸が首を振ると、殿は優しく頷いた。
「うむ、帰らんほうがいい。過ぎ去った所に帰ったとて、何があろうか? 別段あの頃に戻れるわけでもなし、ただ思い出に浸っても詮無きこと。儂らは、今を生き、これからを生きてゆくのじゃ。昔話など、興味もない………………」
殿は、遠い目をしている。
それは、太若丸に話すというよりも、まるで己に諭しているようだった。
平泉寺は織田の軍門に下った ―― 信長に加勢するという。
いよいよ、義景は進退窮まる。
義景は、一乗谷では防ぎきれないと思ったのか、館を出て、朝倉景鏡の守る大野郡山田庄六坊賢松寺に入った。
この時の、館の混乱は見ていられなかったらしい。
義景の側室や近親者、そのお付きなど、輿車に乗ることもできず、着の身着のまま逃げて行ったとか。
〝北の京〟とまで言われた一乗谷は、いまや見る影もなかった。
信長は追撃の手を緩めず、勝家、一鉄、直通、守就らに、
「抵抗を続ける平泉寺に兵を向かわせ、朝倉ともども撃滅せよ! 諸兵を分け、山中に逃げ込んだ落ち武者どもを討ち取れ!」
と命じた。
竜門寺には、落ち武者狩りで捕まった敵兵が連れてこられ、その数は百とも、二百とも ―― 信長は、小姓衆に命じて首を切らせた。
捕まった落ち武者たちは、涙を流し、声を嗄らして命乞いする。
―― 朝倉に対して忠誠はない、金で雇われたのだ、金をくれれば織田につく!
碌も、銭もいらん、命さえ助けてくれれば、織田に心を尽くす!
もとより百姓で、無理やり戦に加えられただけだ、人を殺めるなどしていない!
などと口々に叫んでいたが、信長は濁酒を飲みながら、彼らの命乞いをまるで能でも楽しむように眺めていた。
太若丸は、人の首を切ったこともなかったし ―― 小姓のほとんどがそうだ、武将の子弟とはいっても、まだ元服前で戦も知らず、おぬしらもゆくゆくは戦場に出るのだから、試しに首を切ってみろと、殿は小姓たちに首切り役をやらせたようだ ―― 意外に、首切りは力がいるので、非力な太若丸には難しいだろうと、先輩方の刀が欠ければそれを替えるなどの助け役に回った。
首切りというのは、存外難しい。
以前、十兵衛が落ち武者たちの首をいとも簡単にばっさりと切るのを見ていたので、簡単だろうと思ったが、そうでもない。
一振りでばっさりとやらねば、相手が苦しむ。
ただでさえ、切られまいと抵抗するのを押さえつけ、切るのだから、失敗すると痛みでのたうち回り、手元が狂って、さらに相手を痛がらせることに……………
初めて首を切った小姓などは、首目掛けて数回刀を振り下ろし、相手が血の海の中で息も絶え絶えになって、漸く首を刎ねることができたぐらいだ。
信長は、それさえも肴にして、濁酒を飲んでいた。
「そういえば……」、ふと、殿が口を開いた、「太若丸は、越前の生まれであったな」
初めて寝所をともにしたとき、そんな話をした覚えがある。
よく覚えていたな、退屈しのぎに、話しただけなのに………………
「戦が落ち着けば、帰ってみるか?」
珍しく優しい口調で言う。
帰ってみるかと言われても………………どこで生まれたのか、すっかり忘れた。
敦賀から越前に入る道中で、そういえば、この辺りだったかな………………などと、周辺を見まわしたが、あの時は、十兵衛会いたさが勝って、周りの景色さえも覚えていなかった。
村のことだって、首切りの一件で不意に思い出しただけで、別段帰りたいとも思わない。
父は、もう死んでいるかもしれない。
この戦で、村もなくなったかもしれない。
もとより、覚悟を持って出たのだ、帰ったところで………………
太若丸が首を振ると、殿は優しく頷いた。
「うむ、帰らんほうがいい。過ぎ去った所に帰ったとて、何があろうか? 別段あの頃に戻れるわけでもなし、ただ思い出に浸っても詮無きこと。儂らは、今を生き、これからを生きてゆくのじゃ。昔話など、興味もない………………」
殿は、遠い目をしている。
それは、太若丸に話すというよりも、まるで己に諭しているようだった。
平泉寺は織田の軍門に下った ―― 信長に加勢するという。
いよいよ、義景は進退窮まる。
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