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第三章「寵愛の帳」
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まあ、朝倉が逃げだすのも、二、三日先のこと、しばらく休めると家臣たちは思っていたようだ。
だがその夜、休んでいた信長は、何者かに憑依かれたように起き上がり、
「朝倉が動く! 逃がすな、出陣じゃ!」
と、馬に飛び乗り、駈け出た。
お傍に仕える馬廻り組は、殿の気性というものを十分承知しているので、いつもで出陣できるように仕度を整えていた。
これに遅れず馬を駆けた。
だが、先陣を命じられていた家臣たちは、すっかり油断していた。
昨夜の風雨の中での行軍も、体に応えたのだろう。
深く寝入っていた者も多く、突然の出陣に、しばし呆然としていたという。
あの藤吉郎でさえ、遅れをとってしまったとか………………
敵陣近くの地蔵山を越えたところでようやく追いつき、見参したときは、酷く機嫌が悪かったとか。
『儂は、朝倉を逃さぬよう、ゆめゆめ怠るなと厳命しておったな。しかも戦場において高いびきをかくとは、笑止千万! 己らの臆病風で、朝倉を殲滅する好機を逃すは、卑怯千万! 儂の家臣に、そのような者は必要ない! この場で首を叩き落とす!』
と、凄まじいほどの立腹だったようである。
流石の勝家をはじめとする歴戦の猛者たちも、殿の前では借りてきた猫のように大人しくなっていたとか。
『しかし殿……』と、口にしたのは信盛である、『ご気性に任せて、この場で全員の首を切れば、織田は如何になりましょうや? 我ら以外に心を尽くす家臣がおりましょうや?』
日頃の鬱憤が溜まっていたのだろうか、そう反論した。
『何を!』
信長は鬼のような形相で、すぐさま刀を抜き、信盛に切りかかろうとした。
それを、小姓や馬廻りだけでは抑えきれず、勝家や長秀も加わり抑えた。
一方の信盛も憮然としており、何事かまた言いたそうな面持ちであったが、藤吉郎がまあまあと宥め、漸くにしてその場は何とか収まったらしい。
『あいつは何だ! 何様だ! 己の武功を自慢しておるが、何をもってそれを言うか! 片腹痛いわ!』
と、その後も甚だ機嫌が悪かったと、傍にいた先輩小姓が嘆いていた。
おまけに、小姓や馬廻り組は、信盛や勝家らから怒られたようだ。
『殿が勢いで動こうとなされたら、それを止めるのもそなたらのお役目であろう。まずはお止めし、拙者らに報せるのが筋であろうが!』
寝所で傍にいたのは太若丸なのだから、太若丸がまず止めるべきだ、それぐらい気を利かせろ………………と、太若丸も先輩方からお叱りを受けた。
殿を止めろなどと………………、無茶なことを言うと思った。
だがその夜、休んでいた信長は、何者かに憑依かれたように起き上がり、
「朝倉が動く! 逃がすな、出陣じゃ!」
と、馬に飛び乗り、駈け出た。
お傍に仕える馬廻り組は、殿の気性というものを十分承知しているので、いつもで出陣できるように仕度を整えていた。
これに遅れず馬を駆けた。
だが、先陣を命じられていた家臣たちは、すっかり油断していた。
昨夜の風雨の中での行軍も、体に応えたのだろう。
深く寝入っていた者も多く、突然の出陣に、しばし呆然としていたという。
あの藤吉郎でさえ、遅れをとってしまったとか………………
敵陣近くの地蔵山を越えたところでようやく追いつき、見参したときは、酷く機嫌が悪かったとか。
『儂は、朝倉を逃さぬよう、ゆめゆめ怠るなと厳命しておったな。しかも戦場において高いびきをかくとは、笑止千万! 己らの臆病風で、朝倉を殲滅する好機を逃すは、卑怯千万! 儂の家臣に、そのような者は必要ない! この場で首を叩き落とす!』
と、凄まじいほどの立腹だったようである。
流石の勝家をはじめとする歴戦の猛者たちも、殿の前では借りてきた猫のように大人しくなっていたとか。
『しかし殿……』と、口にしたのは信盛である、『ご気性に任せて、この場で全員の首を切れば、織田は如何になりましょうや? 我ら以外に心を尽くす家臣がおりましょうや?』
日頃の鬱憤が溜まっていたのだろうか、そう反論した。
『何を!』
信長は鬼のような形相で、すぐさま刀を抜き、信盛に切りかかろうとした。
それを、小姓や馬廻りだけでは抑えきれず、勝家や長秀も加わり抑えた。
一方の信盛も憮然としており、何事かまた言いたそうな面持ちであったが、藤吉郎がまあまあと宥め、漸くにしてその場は何とか収まったらしい。
『あいつは何だ! 何様だ! 己の武功を自慢しておるが、何をもってそれを言うか! 片腹痛いわ!』
と、その後も甚だ機嫌が悪かったと、傍にいた先輩小姓が嘆いていた。
おまけに、小姓や馬廻り組は、信盛や勝家らから怒られたようだ。
『殿が勢いで動こうとなされたら、それを止めるのもそなたらのお役目であろう。まずはお止めし、拙者らに報せるのが筋であろうが!』
寝所で傍にいたのは太若丸なのだから、太若丸がまず止めるべきだ、それぐらい気を利かせろ………………と、太若丸も先輩方からお叱りを受けた。
殿を止めろなどと………………、無茶なことを言うと思った。
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