本能寺燃ゆ

hiro75

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第三章「寵愛の帳」

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 信長は綺麗好きで、床に髪の毛一本落ちていただけでも、当番の小姓を呼びつけ、厳しく叱りつける。

 文机、香箱、几帳なども定まった位置があるようで、それが少しずれていても機嫌が悪くなる。

 意外に、神経質だ。

 先輩の小姓から飽きるほど注意されていたので、隅々まで綺麗にしていたところに、呼び出しを受けた。

 普段殿の周りにはたくさんの小姓が付き添い、お世話をしている。

 洗面から着替え、御膳の上げ下ろし、小用など。

 それぞれに、事細かな決まりごとがあるので、覚えるだけでも大変で、小姓たちも洗面の担当、着替えの担当、御膳の担当などと細かく分けている。

 いまのところ、太若丸は寝所の担当 ―― 夜のお世話も含まれる ―― である。

 太若丸からすれば、御伽の世話など造作もないことで、片付けも要点だけ気を付ければ単調な作業なので、鼻で小謡を鳴らしながら、十兵衛のことを考えるなどしていたら呼ばれたので、不意に驚いてしまった。

 あまり表に呼ばれることがないので、何事かと急いで行ってみると、庭の一角で小姓たちを集め、相撲を取らせていた。

 新しい春を迎えたとはいっても、まだ肌寒く、吐く息も白い。

 だが、若者たちは上半身裸だ。

 ほんのりと色づいた肌からは、湯気が噴出している。

 少年たちは輪になり、その中でふたりの小姓ががっつりと組み合っている。

 片方が投げようとすると歓声が上がり、もう一方が踏ん張ると、それも応援が上がる。

 信長は縁側に腰かけ、濁酒を飲みながら楽しそうに眺めている。

 太若丸は、その後ろに控えた。

 よく見ると、相撲を取っているのは信長の嫡男奇妙である。

 奇妙は小柄ながら、一回り大きな少年相手に、がつりと組み合って、ぐいぐいと押しあげている。

「それどうした、力負けしておるぞ!」

「それ押せ! やれ押せ!」

 少年たちの歓声が飛ぶ。

「奇妙相手に遠慮はいらんぞ! そんなひ弱な者など、投げ飛ばしてしまえ! 勝ったら褒美をやろう!」

 と、信長も愉快そうに声を張り上げる。

 相手の少年は、蟀谷に青筋を立て、奇妙を投げ飛ばそうとする。

「奇妙、負けたらそなたは絶縁じゃ! わははははっ!」

 奇妙は、顔を真っ赤にして踏ん張る。

「なかなか良き勝負じゃ!」

 信長は、手を叩いて大笑いする。

 家臣団の前では、常に厳格な………………というか、不愛想な顔をしているが、こういったことには無邪気に喜ぶ。

 何とも不思議な人だと、太若丸は嬉々として目を輝かせる信長の横顔を見ていた。
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