本能寺燃ゆ

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第三章「寵愛の帳」

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 滝川彦右衛門たきがわひこえもんという近習がいた。

 小谷攻めでは、大指物をさして出撃したが、これといった活躍もなかったので、信長の怒りを買い、近習役を解かれ、御虎前山に留め置かれたらしい。

 三か月近くに渡って大獄の朝倉方と睨み合ったが、これ以上は無駄と、藤吉郎を城代として残して、九月十六日には御虎前山から横山へ撤収した。

 これを好機と見た浅井・朝倉軍は、十一月三日に御虎前山城に攻め寄せてくる。

 藤吉郎はこれに応戦し、何とか追い返した。

 このとき、彦右衛門も先鋒として出撃し、目覚ましい活躍をしたらしい。

 この様子を信長が聞き及んで、再び傍に仕えることを許したそうだ。

 いかに傍に仕えようとも、役に立たねば捨て去る。

 逆に、信長の意向に沿って活躍すれば、一度見捨てたものでも迎い入れる。

 そこが、殿の度量というか、変わっているというか、面白いところなのだろう。

 だから、活躍なければ譜代家臣であろうが切り捨て、気に入れば新参であろうが徴用する。

 信長の家臣団とは、十兵衛や藤吉郎のように、信長に見出され重宝される家臣たちと、佐久間信盛や柴田勝家のように、新参者には負けられんと奮闘する古参たちとの間で、奇妙な緊張を生んでおり、それが良い方面に作用しているようだ。

 そう十兵衛である。

 十兵衛は、この戦で何をしていたか?

 志賀の城取りに忙しく、参戦できなかったか?

 いや、十兵衛は十兵衛で、林員清はやしかずきよらとともに、湖上から海津・塩津・与語の敵対する海岸沿いに攻め寄せていたらしい。

「十兵衛は、良い働きをする」

 と、殿から言われ、太若丸は己が褒められているようで嬉しかった。

 だが、肝心の十兵衛は、信長から太若丸を貰うという言葉に、喜んでと答えたらしい。

 まあ、十兵衛らしいといえば、十兵衛らしい。

 信長には逆らえないだろう。

 太若丸なら、出世の道具になると思っているのかもしれない。

 間者として動けとも。

 それなら、それでいい。

 十兵衛の役に立つのなら。

 たとえいまは十兵衛の傍を離れても、やがて再び傍に仕えるときがくるだろう。

 村を脱け出し、山賊に襲われ、八郎に買われ、淡海に連れてこられ、そこで人売りに売られ、そして御山へと。

 その御山が信長に攻められ、十兵衛と再び相見え。

 どこに流されようとも、己が何者なのか、どこにいるのか自覚していれば、必ず十兵衛と添い遂げられる。

 太若丸は、そう信じている。

 それとも………………

 ―― 十兵衛は吾に興味はない?

 そんなことを考えながら信長の寝所の片づけをしていると、殿から呼ばれた。
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