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第三章「寵愛の帳」
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本堂には、十兵衛、左馬助、明智次右衛門光忠、藤田伝五行政、斎藤内蔵助利三、溝尾庄兵衛茂朝が車座になり、絵図を睨みつけていた。
何の絵図かと、そっと覗き込むと、城取の絵図だ。
お邪魔にならないように、後ろに控えていようとすると、十兵衛と目があい、興味があるならどうぞとなった。
「お玉は?」と、玉子の父左馬助が訊いた、「あいつはこういうことが好きなので、勇んでくるかと思ったが……」
体調が悪いようなので休んでおられると答えると、
「またどうせ、餅でも食い過ぎたのであろう」
と、さして気にしている様子もなかった。
父親から、食い意地が張っていると思われている娘って、どうなのだろうと思った。
まあ、確かに餅三つを平らげたが………………
絵図には、志賀の地形が描かれている。
志賀は、東に淡海を眺め、西に比叡山を見上げる。
「現状、本丸の普請はほぼ終わり申した」
左馬助が、淡海の岸辺に描かれた半円を指し示しながら言った。
その半円の外に、さらに大きな半円が二重に描かれている。
新しい城は、淡海を天然の要害とする水城である。
湖面に浮かぶように本丸が突き出し、西側に二の丸、三の丸を巡らせる。
「二の丸も、半分は終わっておる」
「ならば、人をこちらに寄越してはくれるか?」
庄兵衛が、下がり気味の眉毛をさらに下げ、困ったような顔で一番外の半円を指さした。
「三の丸は遅れておるのか?」
「人手が足らん」
「おぬし、さぼっておるのではなかろうな?」
と、十兵衛が冗談めかして言う。
すると、庄兵衛は少々むくれた顔で、
「自ずから鍬を使っておる。それでも大変なのだ」
「戯言だ、戯言。そう怒るな。分かった、拙者が応援に行こう」
「おぬしひとり来たぐらいで、何の力になる」
「庄兵衛の言う通り、そなたがいったところで、何の力にもなるまい」、内蔵助がふさふさの顎髭を揺らしながら言った、「大体、そなたは総大将、全体の差配をするのがお役目、いちいち細かいところに係わりきっては、大事を見失うぞ、もっと全体を見ろ。庄兵衛、儂のところが応援にいく」
「忝い」と、庄兵衛は頭を下げた。
内蔵助や庄兵衛、伝五も、十兵衛の古くからの馴染みであるらしい。
内蔵助は、黒々とした顎髭と太い眉、上背もがっしりとして、いかにも侍である。
女のような面持ちの十兵衛とは対照的で、性格も竹を割ったようにはっきりとしている。
が、その性格ゆえ、よく揉め事を起こすようだ。
もともと美濃斎藤氏の流れであるが、大したお役もなくふらふらしていたが、ようやく美濃三人衆のひとり稲葉一鉄に仕えたものの、働きのわりに碌が少ないと不満を言って、主と揉めたらしい。
そこを十兵衛が引き抜いたようだ。
十兵衛とは正反対の性格ではあるが、馬は合うらしい。
庄兵衛は、への字眉が特徴で、身体の線も細く、これで戦場に出て大丈夫なのかと心配になるほどだ。
そもそも商人の出で、十露盤勘定や物書きのほうが得意で、もっぱら机に向かって何事か書いている ―― だから、鍬を振るうのは苦手のようだ。
だが、十兵衛たちの信頼は篤いようで、家内の事は全て任せっきりだ。
伝五は、すでに五十を超えているだろうか?
額には皺が刻まれ、鬢にも白いものが多い。
一番年のくせに、筋骨隆々で、豪胆である。
十兵衛とは一番古い付き合いらしく、彼曰く『父』のような存在らしい。
ゆえに、『親父殿』などと冗談めかしていうこともある。
何の絵図かと、そっと覗き込むと、城取の絵図だ。
お邪魔にならないように、後ろに控えていようとすると、十兵衛と目があい、興味があるならどうぞとなった。
「お玉は?」と、玉子の父左馬助が訊いた、「あいつはこういうことが好きなので、勇んでくるかと思ったが……」
体調が悪いようなので休んでおられると答えると、
「またどうせ、餅でも食い過ぎたのであろう」
と、さして気にしている様子もなかった。
父親から、食い意地が張っていると思われている娘って、どうなのだろうと思った。
まあ、確かに餅三つを平らげたが………………
絵図には、志賀の地形が描かれている。
志賀は、東に淡海を眺め、西に比叡山を見上げる。
「現状、本丸の普請はほぼ終わり申した」
左馬助が、淡海の岸辺に描かれた半円を指し示しながら言った。
その半円の外に、さらに大きな半円が二重に描かれている。
新しい城は、淡海を天然の要害とする水城である。
湖面に浮かぶように本丸が突き出し、西側に二の丸、三の丸を巡らせる。
「二の丸も、半分は終わっておる」
「ならば、人をこちらに寄越してはくれるか?」
庄兵衛が、下がり気味の眉毛をさらに下げ、困ったような顔で一番外の半円を指さした。
「三の丸は遅れておるのか?」
「人手が足らん」
「おぬし、さぼっておるのではなかろうな?」
と、十兵衛が冗談めかして言う。
すると、庄兵衛は少々むくれた顔で、
「自ずから鍬を使っておる。それでも大変なのだ」
「戯言だ、戯言。そう怒るな。分かった、拙者が応援に行こう」
「おぬしひとり来たぐらいで、何の力になる」
「庄兵衛の言う通り、そなたがいったところで、何の力にもなるまい」、内蔵助がふさふさの顎髭を揺らしながら言った、「大体、そなたは総大将、全体の差配をするのがお役目、いちいち細かいところに係わりきっては、大事を見失うぞ、もっと全体を見ろ。庄兵衛、儂のところが応援にいく」
「忝い」と、庄兵衛は頭を下げた。
内蔵助や庄兵衛、伝五も、十兵衛の古くからの馴染みであるらしい。
内蔵助は、黒々とした顎髭と太い眉、上背もがっしりとして、いかにも侍である。
女のような面持ちの十兵衛とは対照的で、性格も竹を割ったようにはっきりとしている。
が、その性格ゆえ、よく揉め事を起こすようだ。
もともと美濃斎藤氏の流れであるが、大したお役もなくふらふらしていたが、ようやく美濃三人衆のひとり稲葉一鉄に仕えたものの、働きのわりに碌が少ないと不満を言って、主と揉めたらしい。
そこを十兵衛が引き抜いたようだ。
十兵衛とは正反対の性格ではあるが、馬は合うらしい。
庄兵衛は、への字眉が特徴で、身体の線も細く、これで戦場に出て大丈夫なのかと心配になるほどだ。
そもそも商人の出で、十露盤勘定や物書きのほうが得意で、もっぱら机に向かって何事か書いている ―― だから、鍬を振るうのは苦手のようだ。
だが、十兵衛たちの信頼は篤いようで、家内の事は全て任せっきりだ。
伝五は、すでに五十を超えているだろうか?
額には皺が刻まれ、鬢にも白いものが多い。
一番年のくせに、筋骨隆々で、豪胆である。
十兵衛とは一番古い付き合いらしく、彼曰く『父』のような存在らしい。
ゆえに、『親父殿』などと冗談めかしていうこともある。
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