本能寺燃ゆ

hiro75

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第三章「寵愛の帳」

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 馬を出し、淡海の岸まで駆ける。

 幾分冷たい風に洗われて、先程までのもやもやしていた気分が、すっきりとする。

 なぜ、こんな気分になるのだろう?

 いや、原因は分かっている。

 あの女 ―― 十兵衛の妻だ。

 姉との縁が切れた後、夫婦になったとか ―― いまは一粒種にも恵まれ、二人目も仕込み中とか ―― それほど仲が良い。

 それが気に食わない。

 十兵衛の妻になるのは、吾なのに………………

 そもそも十兵衛は、なぜあんな女を妻にしたのか?

 太若丸や姉とは遥かに違う。

 丸顔で、目鼻口元が真ん中にきゅっと集まっているような、潰れた饅頭のような顔をしている。

 左頬には、大きな浅黒い痣もある。

 正直、気持ちが悪い。

 昔なじみの侍の娘らしい。

 十兵衛ほどの男ならば、女など引く手あまた、選び放題だろう。

 なのに、なぜあの女を選んだのか?

 しおらしく十兵衛の傍に仕えているのを見ると、むかついてくる。

 先程みたいに、こちらに笑顔を向けてくると苛々とする。

 ―― ああ、嫌だ、嫌だ!

    十兵衛は何故、あんな女を選んだのか?

 心のもやもやを消すために、太若丸は更に馬を駆けた。

 岸辺に着くと、

「太若丸殿、ようよう馬にも慣れましたな。今日は一段と速い」

 と、後から付いてきた玉子が驚いていた。

「いや~、また汗を掻いた」

 馬を近くの木につなぎ、玉子は袖から布切れを取り出して、岸辺にしゃがみ込む。

 布を水に浸して、もろ肌を脱いで、首筋や胸元、脇腹を拭き始めた。

 顔や手、首筋は焼けているのに、着物に隠れている胸や背中、腕は驚くほど白い ―― まるで雪のようだ。

 いや、雪よりも白いかもしれない。

 羨ましいほどだ。

 見惚れていると、

「太若丸殿も拭きますか?」

 と、己の使っていた布切れを渡そうとする。

 いえ、拙者はと断った。

「太若丸殿は、あまり汗を掻かないようで羨ましい。吾は汗っかきだから困る」

 と、笑いながら、春光に輝く白い肌を拭き続けた。

 それにしてもこの人、よく男の前でも平気で肌を晒す。

 年が近いとはいえ、嫁入り前の娘である。

 いや、太若丸が男と思われていないだけだろう。

 まあ、太若丸自身も、己を男だとは思っていない ―― 観音菩薩の化身なのだから。

 すっきりすると、二人は木陰に入って休んだ。

 玉子は、どこに隠していたのか、菓子を取り出す。

 先程のやつだ。

 母の目を盗み、持ってきたようだ。

「食べますか?」

 太若丸は首を振る。

 ならばと、玉子は大口を開けてぱくりと、二つも平らげた。

 傍から見ると、妙齢な男女の逢引きである。

 まあ、どちらが男で、どちらが女か分からないが………………
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