本能寺燃ゆ

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第三章「寵愛の帳」

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 お堂が燃え尽つきたあと、太若丸は信長の命で、十兵衛の預かりとなった。

 いまは、彼や家臣たちの家族とともに、寺にいる。

 志賀郡の西教寺である。

 聖徳太子が建立したと云われるが、慈恵大師じけいだいしこと良源りょうげんやその弟子恵心僧都えしんそうずが伽藍を整えたと伝わることから、天台宗の寺である。

 が、本尊を阿弥陀如来とし、念仏を唱える珍しい寺である。

 ご多分に漏れず、先の御山の焼き討ちで、この寺も焼失する。

 明智十兵衛光秀あけちじゅうべいみつひでは、この度の比叡山攻めの功で、織田弾正忠信長おだだんじょうちゅうのぶながから志賀郡を賜った。

 この寺を復興する名目のもと、仮の住まいとし、いまは坂本に己が居城を築いている。

 天下一の城にするのだと、張り切っているようだ。

 ほとんど朝から出ずっぱりで、夜も遅い。

 が、疲れはないようで、むしろ嬉々としている。

 自ら図面を引き、現場では先頭に立って鍬を振っているようだ。

 村の水を引いてくれたときと同じで、意外にそういったことが好きなのかもしれない。

 そんな得意満面で普請の奉行をとる十兵衛に対し、やっかみの声も聞こえる。

 あいつは、坂本が欲しいから、邪魔な比叡山を焼いたのだと。

 坂本周辺は、経済・物流の要である。

 舟を使って、大量の品を迅速に京へと運ぶことができるので、馬借、船頭、人足などで賑わった。

 その一帯を抑えていたのが、御山である。

 比叡山は『王城鎮護』という、都を呪術的に護るだけでなく、都の経済をも護るという重要な役割も担っていた。

 だがそれは、御山が坂本を封鎖すれば京が干上がるという逆の側面もあり、要は帝や公家たちを生かすも殺すも、御山次第なのである。

 それを見透かすかのように、山法師たちが都を我がもの顔で歩く。

 御山にとって不都合なことがあれば、たとえ将軍であろうが、帝であろうが、日吉社の神輿を担ぎだし、強訴に及ぶ。

 他の寺も強訴はするが、兎角御山のそれは荒っぽい。

 やられた方は、ただただ歯ぎしりして見ているしかない。

 帝をはじめ、将軍家だけでなく、公家や武家、はたまた庶民にいたるまで、信仰の対象である。

 仏罰が怖くて、おいそれと手を出すにもいかないのである。

 それをいいことに、御山はやりたい放題。

 肉や酒を食らい、女子どもと寝るのは可愛い方で、高利で金を貸すは、忌地として土地を奪い取るは、挙句に敵とする寺を焼き払うはで、やっていることは山賊や足軽連中よりもえげつない。

 別段、御山だけではない。

 他の寺院でも、大なり小なり、そんな感じなのだ。
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