本能寺燃ゆ

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第二章「性愛の山」

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 次に目を覚ましたのは昼頃で、ぼんやりと目を開くと、安覚が心配そうに覗き込んでいた。

 傍らには、安寿もいる。

「どうです、気分は? 大丈夫ですか?」

 首元が少々ちくちくするが、身体の方は大丈夫なようだ。

 頷くと、安覚が涙目で何度も頷いた。

 安慈はどうなったかと訊くと、

「逃げたようです」

 と、安寿は苦笑した。

 安覚にぼこぼこにされ、伸びていたが、彼が太若丸を介抱している間に、姿をくらましたらしい。

「結局は、その程度の男ですよ。戦だ、戦だと大きな口を叩くやつほど、逃げ足が速い」、安寿は、ふっとため息を吐いて、「とはいうものの………………、安慈が逃げたのも分かりますな。我々もどうしますか? 逃げましょうか?」

 どうやら、覚恕の内裏への仲裁要請が上手くいってないようだ。

 その間に、信長はじりじりと間を詰めているらしい。

 期限を今日までと切ってきたそうだ。

 御山は大混乱だ。

 ―― 戦か?

    恭順か?

 安慈を失っても、僧兵の中にはまだ吠えているやつもいるそうだ。

 だが、大半は諦めのようで、どうやって弾正忠の機嫌を取るかで、揉めているようだ。

 が、良い案が出ないらしい。

「織田殿というよりも、先鋒の明智殿のご機嫌をとらねばならぬのですが………………」

 何人か僧を送ったが、

『殿があれほどにも折れ、そなたらに良い条件を示されたにも関わらず、それを反故にしたのは、そなたらではないか! 云うたはずだ、これを呑まねば一山焼き払うぞと! いまさらどの面を下げて謝りにきたか!』

 と、追い返されたらしい。

「十兵衛という侍も、なかなか手強い」

 太若丸は、えっとなった。

 それに気が付き、

「そうそう、そなたが言った通り、明智殿は、十兵衛と言った。明智十兵衛光秀殿だ」

 恋しい人の名だ。

 久しぶりに聞く名だ。

 随分探した人だ。

 胸が、さわさわと疼いてくる。

 が、その人が御山を攻撃しようとしている。

 僧だけでなく、女子どもまで殺そうとしている。

 そんな馬鹿な………………

 ―― 嘘だ!

    絶対嘘だ!

    十兵衛が、そんなことをするはずがない。

 誰にでも優しい、誰の相談事でも話を聞いてくれる、そしてそれで右往左往して、一生懸命汗を流している彼とは違う。

 彼は、何度も村を助けてくれたのだ。

  ―― 村の、太若丸の英雄なのだ!

 が、ふと思い当ることもある。

 落ち武者狩りの時、悪さをした足軽連中 ―― 村の娘を襲った連中の首を、いとも簡単に斬って捨てた。

 のちのち有利と考えると、それまでの主人を捨て、別の主に乗り換える人だ。

 目指すは征夷大将軍………………まあ、これは届かぬ夢として、城持ち大名である。

 主はおろか、邪魔なら親、兄弟、我が子すら殺す世の中である。

 十兵衛も、三宅弥平次に、主として相応しくなければ、首を刎ねろと言っていた。

 それでなければ、当代の武将は務まらない。

 もし、主がやれと言われれば、やらざる得ないだろう。

 いや、それが己に有利に働くのなら、十兵衛ならむしろ喜んでやるのではないか………………そんな気がしてきた。

 太若丸は、安寿に言った ―― 十兵衛に会わせて欲しい、と。

「会わせる? 明智殿にですか? しかし………………」

 太若丸は、十兵衛との関係を話した。

 村に来たこと、村であったこと、十兵衛を慕って村から出たこと、十兵衛に会いたかったこと。

 そして、御山を攻めるなと説得すると。

「そなたが会ったところで、どうにでもなるとは思いませんが………………」

 安寿は、安仁に相談しに行った。

 戻ってきたときは、

「許しは得ました」

 と、何とも複雑な表情をしていた。
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