本能寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
151 / 498
第二章「性愛の山」

74

しおりを挟む
「起きておったか?」

 安慈は訊く。

 驚いて答えずにいると、

「逃げるぞ!」

 と、安慈の捩れた唇から聞こえてきた。

 逃げる、どこへ? ……………… なぜ?

「御山は、もう終わりだ。爺どもは頭が固い。他の奴らも同じだ。山に籠って祈っていれば、何でも収まると思ってやがる。現世うつつのことを全く知らん。そんなやつらと付き合っていたら、命がいくつあっても足らん。やつらのために、無駄死にする必要などない。山を下りて、織田の陣に行くぞ」

 太若丸は、呆然と安慈を見つめる。

 あれほど弾正忠を、「仏敵だ!」「討つべし!」などといっていたのに、御山を裏切って、織田に付くのか?

 それとなく問うと、安慈はいつものように鼻を鳴らした。

「御山のことなど知るか! ここで座主になってやろうかと思ったが、お門違いだった。所詮座主も、家柄と血筋だ。まだ侍の方がましだ、百姓でも槍一本あれば城持ちになれる。今度は侍になって、天下を取ってやる」

 太若丸は、目を瞬かせる。

 この人は、何のために、僧になったのか………………?

 しばし唖然としていると、安慈は続けて言う。

「お前は見込みがある。一緒に来い、ワシの小姓にしてやる」

 何を言っているのか?

 黙っていると、来い来いとしつこく誘う。

「来ないのか?」

 この男と一緒に行って、何があろうか?

 太若丸が一緒にいたいのは、十兵衛である。

 それに、この状況で御山から離れるわけにはいかない。

 安仁や安寿、安覚だけでなく、沢山の僧にお世話になった。

 彼らが、御山の存続をかけて、必死に働いている ―― まあ、ただ祈りをあげているだけだが………………

 山麓の老婆やおみよ、女たちも心配だ。

 一宿一飯の義理とは言わないが、如何に稚児であろうとも、御山への恩義がある。

 ここまで生きてこられたのは、御山のお陰だ。

 なのに、安慈はその山をひとり脱け出そうとしている。

 あれほど他の僧を巻き込み、織田と戦だと叫んでいたのに、土壇場で裏を返すとは………………

 この人にとって、仏の教えや御山など、己の自己顕示欲を満たすための道具にすぎないのだ。

 そんなやつに付いていったら、用済みとなれば裏切られ、捨てられるに違いない。

 太若丸は首を振る。

「一緒に来ないのか?」

 頷くと、

「なら、やらせろ!」

 と、襲い掛かってきた。

 床に押し付け、襦袢を荒々しく剥がし、無理やり唇をくっ付けてくる。

 太若丸は、嫌々と体を捩って逃れようとする。

 だが、男の力は強い。

 僧の煩悩の消すのが役目とはいえ、こんな無理やりは許されない。

 接吻するにも、稚児の親指と小指をとって、していいかと断らないといけない。

 というよりも、大前提で無理やり犯すなど、以ての外だ。

 小袖を受け取ったので、それで好意があるとでも勘違いしたのか?

 だいたい、女や稚児と寝ることは、僧としてあるまじき行為、不浄と言っていたのは誰だ?

 そうこうしているうちに、ぬるぬるとしたものが、唇の中に入り込んでくる。

 舌を入れてきたようだ。

 太若丸の舌先に絡めたり、歯をなぞったり、気持ちが悪い。

 我慢できず、安慈の舌を思い切り噛んだ。

「うぐっ!」

 安慈が、口元を抑えて慌てて離れる。

 口の中が血臭い。

「くそがっ! 稚児のくせして、生意気な!」

 太若丸の首に両手をかけてくる。

「この餓鬼が!」

 ぐっと力が入り、首が締め付けられる。

 苦しい………………

 太若丸は目を丸くし、爪を立て、安慈の胸を掻き毟る。

 が、安慈は、まるで鬼のような形相で、力を入れてくる。

 なんだか、頭がぼーっとしてきた。

 もう………………駄目かもしれない………………

 全身の力が抜けた時、障子ががらりと開き、誰かが飛び込んできて、安慈を吹き飛ばした。

「くそっ! 誰だ?」

 安覚だ。

 彼は、そのまま安慈に圧し掛かり、ぼこぼこと殴りつける。

 その音を聞いたのが最後だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

1333

干支ピリカ
歴史・時代
 鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。 (現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)  鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。  主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。  ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝

糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。 その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。 姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...