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第二章「性愛の山」
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御山は、騒がしかった。
昼でも静寂が支配する世界だが、夜にはまるでこの世の全てが止まったような静寂………………というよりも、死が支配するような、恐ろしい世界だ。
だが、今宵は騒々しい。
三塔十六谷すべての寺に篝火が焚かれ、御山全体がそれこそ炎に包まれたように光り輝いている。
太若丸のいるお堂の庭にも篝火が置かれ、本堂にも火が入れられ、まるで昼間のようだ。
安仁たちが、本堂でお経を唱えている。
安寿は、駆け込んできた里坊の女や子どもたちの世話をしている。
安慈はどこに行ったかしらないが、僧兵たちが薙刀や刀をかたかたと鳴らし、出陣はいまかいまかと待ち構えている。
太若丸は、邪魔になるからと寝室にいる。
横になっているが、御山全体が殺気立って、興奮して眠れない。
先程から、右や左やと寝返りを打つ。
村から出て、運がいいのか、悪いのか、御山に売られ、稚児となった。
村にいては味わえないような菓子を口にしたり、絵物語を読んだり、豪奢な品物を手にすることができた。
大人たちから、ちやほやされた。
このまま、僧を相手にする生活が続くのかと思っていたが、今度は戦乱だ。
村で、落ち武者狩りのために寺上りしたときとは、規模が違う。
あのときは十兵衛がいてくれた安心感があったが、今度はどうなるのだろう?
安仁も、安寿も、仏の力を信じているのか、それとも御山の生活が長くて浮世離れしているのか、何処か他所事のようだ。
むしろ好戦的ではあるが、目の前の現実をしっかりと見据え、立ち向かおうとしている安慈のほうが頼りになるのだが………………などと思いながら、何度も寝返りを打っていた。
が、やはり眠気には勝てなかったようだ。
少しうとうとしたらしい。
かたりという音で、寝ていたと気が付いた。
障子の開く音がする。
安寿が、何やら用件を言いに来たのだろうか?
気配が入ってくると、障子を閉め、音を立てずに近寄ってくる。
違うようだ。
安寿なら、その場で起こすはずだ。
安覚だろうか?
安寿とともに女子どもたちの世話をしているはずだが、もしや女たちを見て欲情し、太若丸にそれを消すために頼みにきたのか?
相変わらず、欲に素直な、可愛いやつである。
その気配が覆いかぶさってくる。
顔を覗き込んでいるようだ ―― 安覚なら………………、そんなことはしない。
遠慮しながらも、肩をとんとんと叩くはず。
なら、誰か?
気になって目を開けると、目の前に安慈の顔があった。
思わず声を上げてしまった。
昼でも静寂が支配する世界だが、夜にはまるでこの世の全てが止まったような静寂………………というよりも、死が支配するような、恐ろしい世界だ。
だが、今宵は騒々しい。
三塔十六谷すべての寺に篝火が焚かれ、御山全体がそれこそ炎に包まれたように光り輝いている。
太若丸のいるお堂の庭にも篝火が置かれ、本堂にも火が入れられ、まるで昼間のようだ。
安仁たちが、本堂でお経を唱えている。
安寿は、駆け込んできた里坊の女や子どもたちの世話をしている。
安慈はどこに行ったかしらないが、僧兵たちが薙刀や刀をかたかたと鳴らし、出陣はいまかいまかと待ち構えている。
太若丸は、邪魔になるからと寝室にいる。
横になっているが、御山全体が殺気立って、興奮して眠れない。
先程から、右や左やと寝返りを打つ。
村から出て、運がいいのか、悪いのか、御山に売られ、稚児となった。
村にいては味わえないような菓子を口にしたり、絵物語を読んだり、豪奢な品物を手にすることができた。
大人たちから、ちやほやされた。
このまま、僧を相手にする生活が続くのかと思っていたが、今度は戦乱だ。
村で、落ち武者狩りのために寺上りしたときとは、規模が違う。
あのときは十兵衛がいてくれた安心感があったが、今度はどうなるのだろう?
安仁も、安寿も、仏の力を信じているのか、それとも御山の生活が長くて浮世離れしているのか、何処か他所事のようだ。
むしろ好戦的ではあるが、目の前の現実をしっかりと見据え、立ち向かおうとしている安慈のほうが頼りになるのだが………………などと思いながら、何度も寝返りを打っていた。
が、やはり眠気には勝てなかったようだ。
少しうとうとしたらしい。
かたりという音で、寝ていたと気が付いた。
障子の開く音がする。
安寿が、何やら用件を言いに来たのだろうか?
気配が入ってくると、障子を閉め、音を立てずに近寄ってくる。
違うようだ。
安寿なら、その場で起こすはずだ。
安覚だろうか?
安寿とともに女子どもたちの世話をしているはずだが、もしや女たちを見て欲情し、太若丸にそれを消すために頼みにきたのか?
相変わらず、欲に素直な、可愛いやつである。
その気配が覆いかぶさってくる。
顔を覗き込んでいるようだ ―― 安覚なら………………、そんなことはしない。
遠慮しながらも、肩をとんとんと叩くはず。
なら、誰か?
気になって目を開けると、目の前に安慈の顔があった。
思わず声を上げてしまった。
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