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第二章「性愛の山」
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ふと気が付くと、庭先に安覚が立っていた。
太若丸の顔を見て、頬を染め、慌てて目を逸らす。
にやりと笑って、何かと、幾分女のように艶めかしい声で訊いた。
安覚は目を逸らしながら、手に持ったものを差し出す。
早々と、先ほどの返事だろうか、面倒だと見ると、女物の小袖と文である。
小袖は、手触りから木綿だろう。
文を見ると、確かに『唐物の木綿だ』とある。
誰からかしらとみると、安慈である。
どうやら京から送ってきたようだ ―― 太若丸に?
『銭を貸してる公家が金を返さないので、代わりに分捕った。こんなもの役にも立たないので、お前にやる』
というようなことが書かれていた。
これは………………誘いだろうか?
誘いなら、素直にそう書けばいいのに、ぶっきら棒な書き方に、太若丸は可笑しくなった。
安慈は稚児が嫌いだと、安寿から聞いていた。
「稚児だけでなく、女も嫌うので。というか、御山の乱れた風紀が嫌いなのですよ、あれは。真面目な男ですから。慈恵大師に崇拝し、ゆくゆくは自ら座主になり、御山の風紀を正し、もと清貧清廉な姿にもどしたいようですが………………」
安寿と安慈は、このお堂に入った頃からの付き合いらしい。
といっても、特段仲が良いわけではない。
同じ頃にお堂に入ったが、安慈は僧として灌頂を受け、安寿は稚児として灌頂を受け、その後僧侶となった。
安慈とすれば、禁欲に耐え、厳しい修行をしている己と、僧の相手をして、のんべんだらりと生きている汝ら稚児 ―― 安寿とは、格が違うと思っているらしい。
「口に出してはいいませんが、態度でありありと分かりますからね」
と、安寿は苦笑していた。
「末は、自ら座主となって、御山を立て直すとか申しておりますが、さてはて、どうなりますか」
それほど稚児の存在を嫌がっているのに、太若丸に女物の小袖を送ってきた。
本当はしたくてしょうがなかったのだろうと、太若丸はにやりと笑う。
それならば、一緒に寝てやろうか?
一度使わせれば、安慈だって太若丸の虜になるに違いない。
いや、こういう輩は、むしろ焦らしてやろう。
稚児が嫌いとか、のんべんだらりと生きているとか思っているようだが ―― 実際は、常に身の回りを綺麗に整え、経典だけでなく、歌や物語を覚え、そこら辺の僧侶よりは、修行に励み、学も才もあるのだ。
焦らしに焦らせば、今度その沼に嵌まり込めば、二度と出てこれまい。
安寿よりも、意外に安慈のほうが嵌まり込んで、安覚よりも言う事を聞くようになるかもしれない。
ぺろりと舌なめずりし、筆をとって、小袖の礼だけを書き送った。
返事はこなかった。
が、次に会った時は、微妙な顔つきをしていた。
初夏も終わり、青々とした葉が御山を包み込んだ頃だ。
安慈が京よりも戻ってきて、安仁に手柄話をするというので、安寿とともに部屋に向かった。
太若丸が部屋に入り、目が合うと、安慈は慌てて目を反らす。
どうやら、相当気にしているようだ。
太若丸はわざと身体をくねらせ、三つ指をついて礼を述べると、安慈はそっぽを向き、ふんと鼻を鳴らした。
が、耳が赤い。
一緒にいた、安仁や安寿は驚いている。
「なんじゃ、そなたにも煩悩があったのか?」
と、安仁が笑えば、
「安慈殿もすみにおけませぬな」
と、安寿もにんまりしていた。
「馬鹿げたことを!」、安慈は眉を釣り上げ、唇を激しく歪める、「あれは、たまたまだ。女の小袖など、僧には無用。まあ、せっかく分捕ったのから、有益に使わねば意味はあるまい。それまでだ」
少々言い訳としては弱い ―― それなら売って、銭にすればいいものを。
安慈自身も分かっているのか、珍しく顔が真っ赤だった。
今宵辺り、寝てやろうかと思った。
「拙僧は、稚児などに構ってはおられんのです」
と、本人は言っていたが………………
太若丸の顔を見て、頬を染め、慌てて目を逸らす。
にやりと笑って、何かと、幾分女のように艶めかしい声で訊いた。
安覚は目を逸らしながら、手に持ったものを差し出す。
早々と、先ほどの返事だろうか、面倒だと見ると、女物の小袖と文である。
小袖は、手触りから木綿だろう。
文を見ると、確かに『唐物の木綿だ』とある。
誰からかしらとみると、安慈である。
どうやら京から送ってきたようだ ―― 太若丸に?
『銭を貸してる公家が金を返さないので、代わりに分捕った。こんなもの役にも立たないので、お前にやる』
というようなことが書かれていた。
これは………………誘いだろうか?
誘いなら、素直にそう書けばいいのに、ぶっきら棒な書き方に、太若丸は可笑しくなった。
安慈は稚児が嫌いだと、安寿から聞いていた。
「稚児だけでなく、女も嫌うので。というか、御山の乱れた風紀が嫌いなのですよ、あれは。真面目な男ですから。慈恵大師に崇拝し、ゆくゆくは自ら座主になり、御山の風紀を正し、もと清貧清廉な姿にもどしたいようですが………………」
安寿と安慈は、このお堂に入った頃からの付き合いらしい。
といっても、特段仲が良いわけではない。
同じ頃にお堂に入ったが、安慈は僧として灌頂を受け、安寿は稚児として灌頂を受け、その後僧侶となった。
安慈とすれば、禁欲に耐え、厳しい修行をしている己と、僧の相手をして、のんべんだらりと生きている汝ら稚児 ―― 安寿とは、格が違うと思っているらしい。
「口に出してはいいませんが、態度でありありと分かりますからね」
と、安寿は苦笑していた。
「末は、自ら座主となって、御山を立て直すとか申しておりますが、さてはて、どうなりますか」
それほど稚児の存在を嫌がっているのに、太若丸に女物の小袖を送ってきた。
本当はしたくてしょうがなかったのだろうと、太若丸はにやりと笑う。
それならば、一緒に寝てやろうか?
一度使わせれば、安慈だって太若丸の虜になるに違いない。
いや、こういう輩は、むしろ焦らしてやろう。
稚児が嫌いとか、のんべんだらりと生きているとか思っているようだが ―― 実際は、常に身の回りを綺麗に整え、経典だけでなく、歌や物語を覚え、そこら辺の僧侶よりは、修行に励み、学も才もあるのだ。
焦らしに焦らせば、今度その沼に嵌まり込めば、二度と出てこれまい。
安寿よりも、意外に安慈のほうが嵌まり込んで、安覚よりも言う事を聞くようになるかもしれない。
ぺろりと舌なめずりし、筆をとって、小袖の礼だけを書き送った。
返事はこなかった。
が、次に会った時は、微妙な顔つきをしていた。
初夏も終わり、青々とした葉が御山を包み込んだ頃だ。
安慈が京よりも戻ってきて、安仁に手柄話をするというので、安寿とともに部屋に向かった。
太若丸が部屋に入り、目が合うと、安慈は慌てて目を反らす。
どうやら、相当気にしているようだ。
太若丸はわざと身体をくねらせ、三つ指をついて礼を述べると、安慈はそっぽを向き、ふんと鼻を鳴らした。
が、耳が赤い。
一緒にいた、安仁や安寿は驚いている。
「なんじゃ、そなたにも煩悩があったのか?」
と、安仁が笑えば、
「安慈殿もすみにおけませぬな」
と、安寿もにんまりしていた。
「馬鹿げたことを!」、安慈は眉を釣り上げ、唇を激しく歪める、「あれは、たまたまだ。女の小袖など、僧には無用。まあ、せっかく分捕ったのから、有益に使わねば意味はあるまい。それまでだ」
少々言い訳としては弱い ―― それなら売って、銭にすればいいものを。
安慈自身も分かっているのか、珍しく顔が真っ赤だった。
今宵辺り、寝てやろうかと思った。
「拙僧は、稚児などに構ってはおられんのです」
と、本人は言っていたが………………
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