本能寺燃ゆ

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第二章「性愛の山」

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 御山は、春を迎えた。

 降り積もっていた雪も葛湯を垂らすようにとろとろと融けだし、道に流れ出したそれは、春光に照らされ、淡海の水面のようにきらきらと輝いている。

 安覚が足を泥だらけにして、何通か文を持ってくる。

 おそらく誘いの文だろうと開けると、案の定である。

 何枚か読んで、これは駄目だ、これも駄目、これも……駄目と文を返す。

 その中で、文の整った、手の鮮やかな、和歌うたも上手い文を取り上げ ―― といっても、それほど上手い文や和歌ではない、他の文に比べて上手いだけで、これまで貰った文の中では下のほうだ、だが、閑だし、戯れに返事を書き、安覚に渡す。

 安覚は、黙って受け取ると、泥濘の中を駆けていく。

 可愛いやつだと、その背中を見送る。

 文を貰った相手は、脈ありと喜ぶだろう。

 そして勇んで、また文を送ってくる ―― 稚拙な和歌を送ってくる。

 菓子や品物を送ってくる。

 どうせすることもないし、何度か文ぐらいは相手をしてやろう。

 飽きたら捨てればいい。

 太若丸は、鼻で笑う。

 ふと閑で鏡を覗き込み、身を整える。

 櫛を取り出し………………ふと、この櫛は誰からもらったかしら………………などと、つまらぬことを考えながら、髪を漉く。

 鏡の中の少女は、幾分気怠そうに、不満そうに髪を漉いている。

 何が、そんなに不満なのか?

 ―― 不満?

 不満などないはずだが………………

 菓子はもらえる、珍奇な品物はもらえる、周りの大人たちからはちやほやされる、安覚は小間使いのように働くし、最近安寿も口煩くいわない、高僧からの誘いも多い。

 不満はないし、下の者たちを相手にする暇もないのだが………………

 面白いこともないので、そういった輩で遊んでやる。

 が、それでも上辺だけの慰みで、心より喜べることではない。

 村にいたときと同じだ。

 あのときは、朝から畑に出て、仕事をし、村の子どもたちと遊び、水粥を啜って、寝る。

 それが永遠に続くと思っていた。

 寺も同じだ。

 朝起き、化粧をし、経を読み、手習いをし、誘いに返事をし、夜は男たちの相手をする。

 もちろん、そうそう毎夜相手をしているわけではないが、この生活がずっと続くのだろうか?

 意外に単調な日々に、太若丸は、ふわりと欠伸をした。

 すると、鏡の中の少女も、眠たげに口を動かす。

 太若丸は、口を大きく開けたり、閉じたり、目を見開いたり、瞑ったりする。

 少女も同じような顔をする。

 じっと見つめると、少女も見つめてくる。

 可愛らしい子だ。

 徐に紅をとり、小指につけて、そっと唇をなぞる。

 朱に染まった口元が、艶やかである。

 以前は姉と似ていると思っていたが、いまは姉を超えたと思う。

 この容姿を見れば、十兵衛だっていちころだ。

 そう、全ては十兵衛のためなのに、彼がいまどうしているのか、生きているのか、死んでいるのかさえも分からない。

 いや、生きていると思う ―― 必ず生きている。

 必ず会える。

 そうだ、それだけを頼りに生きている………………

 と、思っていいと思う………………

 いまは、そのための暇つぶしなのだと………………
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