本能寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
141 / 498
第二章「性愛の山」

64

しおりを挟む
 今宵は、本願寺の協力要請を受諾し、出兵すべきか話し合うそうだ。

 上座たる老僧が大講堂の前に立って、如何にすべきやと問えば、血気盛んな若い僧たちから「出兵すべし!」との意見があがった。

 太若丸は、安寿とともに後ろのほうにいたが、若者たちの血が煮えたぎるような叫びが、耳朶にじんじんと響いてきて、こちらも聊か興奮してしまった。

 若い僧の中でも、ひとりの若者が中心となって声をあげているようだ。

 大衆の先頭に立ち、ときに大きく拳を振り上げ、ときに何かを欲するように大きく両手を広げ、篝火で照らされるその目はぎらぎらと輝き、口角を歪めて、唾を飛ばして叫んでいる。

 篝火で照らされた影が、大講堂に映し出され、まるで大入道が激しく説法しているようだ。

 よくよく見ると、安慈である。

 彼が、「出兵すべし!」と叫ぶと、若い僧侶から「もっとも! もっとも!」と声が飛ぶ。

「織田は、仏をも恐れぬ不信者、成敗すべし!」

「もっとも! もっとも!」

「我ら、後白河院をも震えあがらせる僧兵三千! 何が尾張の田舎侍ごとき、恐るるに足らず!」

「もっとも! もっとも!」

「王城を守護するのは我らである! 仏敵弾正忠を打ち払え!」

「もっとも! もっとも!」

 はじめは最前列にいた若い僧たちだけが声を上げていたが、それが徐々に周りに伝わり、まるでさざ波が段々と荒れ狂う嵐になるかのごとく、大講堂全体に広まっていった。

「もっとも! もっとも!」の大合唱である。

 出兵に反対する者が意見を言っても、「謂われなし!」と退けられ、また安慈が叫ぶと、「もっとも! もっとも!」と声があがる。

 こうなると、御山の意見は『出兵』で決まりである。

「安慈は、こういうことに長けているのですよ、人前で話すというか、訊いている者を惹きつけるというか、僧としては、信仰を広めるために必要なことですがね。まあ、こういったときは、話の中身がなくても、声が大きくて、わいわいと喚きたてる者の意見が聞き入れやすいというか、それで賛同したものは思わぬほうに導かれていくのですが………………」

 安寿は、どことなく複雑な顔をしている。

 出兵に反対なのかと問うと、肯定も否定もしない。

 ただ、

「僧は、俗世のことに関わらないほうがいいのです。我々は現世とは無縁のものですので」

 と、だけ言った。

 なるほど、それが安寿の意見なのだなと分かったが、何処となく右にも左にも付かない、曖昧な意見に、太若丸は聊か不満な感じがした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

1333

干支ピリカ
歴史・時代
 鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。 (現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)  鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。  主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。  ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝

糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。 その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。 姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...