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第二章「性愛の山」
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今宵は、本願寺の協力要請を受諾し、出兵すべきか話し合うそうだ。
上座たる老僧が大講堂の前に立って、如何にすべきやと問えば、血気盛んな若い僧たちから「出兵すべし!」との意見があがった。
太若丸は、安寿とともに後ろのほうにいたが、若者たちの血が煮えたぎるような叫びが、耳朶にじんじんと響いてきて、こちらも聊か興奮してしまった。
若い僧の中でも、ひとりの若者が中心となって声をあげているようだ。
大衆の先頭に立ち、ときに大きく拳を振り上げ、ときに何かを欲するように大きく両手を広げ、篝火で照らされるその目はぎらぎらと輝き、口角を歪めて、唾を飛ばして叫んでいる。
篝火で照らされた影が、大講堂に映し出され、まるで大入道が激しく説法しているようだ。
よくよく見ると、安慈である。
彼が、「出兵すべし!」と叫ぶと、若い僧侶から「もっとも! もっとも!」と声が飛ぶ。
「織田は、仏をも恐れぬ不信者、成敗すべし!」
「もっとも! もっとも!」
「我ら、後白河院をも震えあがらせる僧兵三千! 何が尾張の田舎侍ごとき、恐るるに足らず!」
「もっとも! もっとも!」
「王城を守護するのは我らである! 仏敵弾正忠を打ち払え!」
「もっとも! もっとも!」
はじめは最前列にいた若い僧たちだけが声を上げていたが、それが徐々に周りに伝わり、まるでさざ波が段々と荒れ狂う嵐になるかのごとく、大講堂全体に広まっていった。
「もっとも! もっとも!」の大合唱である。
出兵に反対する者が意見を言っても、「謂われなし!」と退けられ、また安慈が叫ぶと、「もっとも! もっとも!」と声があがる。
こうなると、御山の意見は『出兵』で決まりである。
「安慈は、こういうことに長けているのですよ、人前で話すというか、訊いている者を惹きつけるというか、僧としては、信仰を広めるために必要なことですがね。まあ、こういったときは、話の中身がなくても、声が大きくて、わいわいと喚きたてる者の意見が聞き入れやすいというか、それで賛同したものは思わぬほうに導かれていくのですが………………」
安寿は、どことなく複雑な顔をしている。
出兵に反対なのかと問うと、肯定も否定もしない。
ただ、
「僧は、俗世のことに関わらないほうがいいのです。我々は現世とは無縁のものですので」
と、だけ言った。
なるほど、それが安寿の意見なのだなと分かったが、何処となく右にも左にも付かない、曖昧な意見に、太若丸は聊か不満な感じがした。
上座たる老僧が大講堂の前に立って、如何にすべきやと問えば、血気盛んな若い僧たちから「出兵すべし!」との意見があがった。
太若丸は、安寿とともに後ろのほうにいたが、若者たちの血が煮えたぎるような叫びが、耳朶にじんじんと響いてきて、こちらも聊か興奮してしまった。
若い僧の中でも、ひとりの若者が中心となって声をあげているようだ。
大衆の先頭に立ち、ときに大きく拳を振り上げ、ときに何かを欲するように大きく両手を広げ、篝火で照らされるその目はぎらぎらと輝き、口角を歪めて、唾を飛ばして叫んでいる。
篝火で照らされた影が、大講堂に映し出され、まるで大入道が激しく説法しているようだ。
よくよく見ると、安慈である。
彼が、「出兵すべし!」と叫ぶと、若い僧侶から「もっとも! もっとも!」と声が飛ぶ。
「織田は、仏をも恐れぬ不信者、成敗すべし!」
「もっとも! もっとも!」
「我ら、後白河院をも震えあがらせる僧兵三千! 何が尾張の田舎侍ごとき、恐るるに足らず!」
「もっとも! もっとも!」
「王城を守護するのは我らである! 仏敵弾正忠を打ち払え!」
「もっとも! もっとも!」
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「もっとも! もっとも!」の大合唱である。
出兵に反対する者が意見を言っても、「謂われなし!」と退けられ、また安慈が叫ぶと、「もっとも! もっとも!」と声があがる。
こうなると、御山の意見は『出兵』で決まりである。
「安慈は、こういうことに長けているのですよ、人前で話すというか、訊いている者を惹きつけるというか、僧としては、信仰を広めるために必要なことですがね。まあ、こういったときは、話の中身がなくても、声が大きくて、わいわいと喚きたてる者の意見が聞き入れやすいというか、それで賛同したものは思わぬほうに導かれていくのですが………………」
安寿は、どことなく複雑な顔をしている。
出兵に反対なのかと問うと、肯定も否定もしない。
ただ、
「僧は、俗世のことに関わらないほうがいいのです。我々は現世とは無縁のものですので」
と、だけ言った。
なるほど、それが安寿の意見なのだなと分かったが、何処となく右にも左にも付かない、曖昧な意見に、太若丸は聊か不満な感じがした。
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