本能寺燃ゆ

hiro75

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第二章「性愛の山」

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 信長も、長政が、よもや縁を切り、背中から切りつけてこようとは思わなかっただろう。

 一乗谷を目指して、木目峠きのめとうげを越えようとしていたところ、「浅井氏挙兵」の一報を聞き、北から朝倉氏、南から浅井氏に攻め込まれれば挟み撃ちになると慌てふためき、急いで京まで撤退したらしい。

 もともと北近江の守護京極家の家臣で、数いる国人衆の一氏族でしかなかった浅井氏が、お家騒動を利用して、あれよあれよと独立し、北近江を抑える立場になったのだから、大した基盤もなく、吹けば飛ぶような存在であった。

 京極家や国人衆、南の六角氏に対抗するには、強力な後ろ盾がいる ―― それが、北の越前 ―― 朝倉氏である。

 朝倉氏とは、長政の祖父亮政すけまさから懇意にし、深い間柄である。

 さすがに断りなくこれを攻撃されれば、長政も黙ってはいられなかっただろうし、縁を結んでいるとはいえ、越前の後は、もしや北近江では………………という、戦国武将のもつ危機本能というものが働いたとしても当然であった。

 浅井長政の戦国大名独特の危機本能を察することができなかったという事は、逆に弾正忠が戦国大名としての危機回避能力が足りなかったという事でもある。

 戦国武将として、その技量は如何にと首を傾げたるところだが、とりあえず、弾正忠もこれ以上は大きな顔はできまいと、噂する御山の僧侶たちは笑っていた。

 が、この六月に、信長は浅井・朝倉討伐の兵をあげ、姉川で激突………………激戦の末、辛うじて信長が浅井・朝倉軍一万五千の兵を退けた。

 またもや、弾正忠の勢いが盛り返したかと、僧侶たちは悔しがっていた。

 だが、これを好機と見た勢力があった。

 三好三人衆である。

 彼らは、信長が北に気を取られている隙に動き出し、摂津に野田城・福島城を築城する。

 姉川での合戦を終え、岐阜に戻っていた信長は、すぐに兵を出し、天王寺に布陣。

 信長方は三万とも、四万とも………………

 対する三好勢は八千あまり………………

 すでに勝負あったかに思われた。

 が、この時、三好勢に呼応して、大坂本願寺が出兵する。

 以後十年続く、信長と大坂本願寺の石山合戦の始まりである。

 初戦、淀川まで出張ってきた本願寺軍を難なく退けたが、顕如けんにょ率いる一向宗は、大坂石山に籠城の構えを見せた。

 おかげで、信長は摂津に張り付け状態となった。

 すると、これまた好機とみた浅井・朝倉が動き出し、この下坂本周辺に陣を張ったというのが、安慈の話であった。

「北に浅井氏、朝倉氏、南に三好勢、本願寺、その他、六角氏なども動き出すという話も聞いております。もはや、尾張の小倅も袋の鼠でしょう。ここに、御山が動けば、恐るるに足らず。覚恕様も、早々に詮議を開かれるご決断をくださればよろしいのですが………………」

「現世のことには関わりを持たず、誰彼に加担することなく、御山はただ都を鎮護するという、覚恕様のご意向でしょう。まあ、御立場上、それも難しいとは存じますが。ともかく、我々はあくまで仏に仕える身、血生臭い騒乱は避け、一心に都の平安を祈りましょう」

 と、安仁は手を合わせる。

「ふん」と、安慈は鼻で笑って、「念仏を唱えて平安が訪れるのなら、幾らでも唱えましょうぞ」

「何か言いましたか?」

「いえ、別に」

 と、話はそこで終わった。
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