本能寺燃ゆ

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第二章「性愛の山」

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 昼までは、他の僧侶と同じ生活を、午後のひと時、安寿の部屋で稚児灌頂を教わった。

 稚児とは、頭を剃らない修行中の少年僧であるらしい。

 僧侶の身の回りの世話をするそうだ。

 権太も、稚児になれば安仁の傍に侍り、身支度などを手伝うことになるらしい。

 それではいずれ僧侶になるのか訊くと、

「そうなる場合もありますし、そうでない場合もあります」

 帝の皇子や公家の息子などが、行儀見習いで寺に入り稚児となることもあるらしく、これを「上稚児」といい、その才覚を認められ世話係として寺に入る稚児を「中稚児」、その他の才能………………その才能が何かは色々あるのだが、その他の才能を認められて入る「下稚児」がいる。

 そのまま僧侶になるものもいるし、還俗 ―― 元の生活に戻るものも多いようだ。

 権太は………………下稚児のようだ。

 坊主の世話をするのだから、「中稚児」では?

「まあ、世話は世話でも、色々ありますからね。それは、おいおい話します」

 と、安寿は意味ありげに言った。

 稚児の発生について、詳しいことは分かっていない。

 元来は、「ちのみご」の乳児や幼児のことであったようだが、それが寺に入り込んできた経緯ははっきりしない。

 平安の頃から存在したようで、寺に仕えて、下働きをしていたらしい。

 おそらく、皇族や公家が、寺との関係強化や最先端の学問技術を学ばせる目的で、子弟を送り込んだのが、その始まりではないだろうか?

 寺というのは、本朝に仏教がもたらされて以来、当時の最新知識・技術の宝庫である。

 本朝初の飛鳥寺は、当時宮殿でさえ屋根は板葺きであったなか、瓦葺きであった。

 屋根に瓦をいただくという事は、基礎がしっかりとしていなければならず、地盤を突き固める工法や、屋根を支える建築方法など、最先端の知識・技術が導入される。

 僧侶は、仏の教えだけでなく、唐・天竺の言語から仏教以外の学問 ―― 食生活から建築方法まで、多岐にわたり知識・技術を身に着けていた。

 権力者たちが、これを利用して庶民を統治しようというのは今も昔も同じことで、これらを学ばせ、吸収するため、子弟を多く寺へと送り込んだのである。

 ゆくゆくは現世に戻って家を継ぐか、政に身を宿さなければならぬ身、剃髪することなくそのまま過ごして、知識・技能を修得したあとは、寺を降りていったのだろう。

 これが連綿と続いているのである。

「ですから、頭を剃る必要はありません」

 そう言われ、権太は自分の頭を摩った。

「稚児は……」

 垂髪すべらかしか、稚児髷に結い上げるらしい。

 垂髪とは、前髪を膨らませ、後頭部で束ねて背中へ長く垂らすような髪型で、女のそれである。

 稚児髷は、髪を二つに分け、それを輪の形にして束ねる髪型だ。

 要は、男が結う髷とは違う。

 そして、化粧をし、水干を着ける ―― 平安貴族が着た衣装である。

 どんな衣装か見たことがなかったので、一度見せてもらったが、何とも動きづらいと権太は思った。

 まず、畑仕事は出来ない………………まあ、寺に入るから、田畑に入ることもないのだが………………

 それでも、掃除や水仕事も面倒そうだ。

 なぜわざわざ、こんな動きづらものを着るのか………………

 しかも、化粧まで………………

 まるで女ではないか?

 それを安寿に問うと、

「まあ、女といえば………………、女ですからね」

 と、彼はにやりと笑った。
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