本能寺燃ゆ

hiro75

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第二章「性愛の山」

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 安覚が入ってきて、起きろと仕草で促す。

 まだ辺りは暗い。

 こんな朝早く何だろうかと、ぼんやりとした眼で佇んでいると、宿坊裏の水場で顔を洗わされ、本堂に連れていかれた。

 仏像を前に、数人の坊主が座っている。

 安覚の指図で、入口付近に座ると、読経がはじまった。

 どうやら、朝のお務めである。

 権太も、隣に腰を下ろした安覚を真似て両手を合わせ、お経を読むふりをした。

 眠たい眼で本堂を見回す。

 安寿の後ろ姿が見える。

 さらに仏像の前に、老僧の後頭部がある。

 あれが、安仁というお坊さんだろうか……などと、ぼんやり考えていると、いつの間にか櫓を漕いでいた。

 再び安覚に起こされたときには、御堂には誰もいなかった。

 そのあと、境内の掃除を手伝わされ、ようやく朝粥を啜り ―― 粥は、粟や稗で水増ししたものではなく、れっきとした米だった ―― ひと息ついたところで、安仁に呼ばれた。

 安覚とともに部屋に赴くと、安寿とともに、本堂で見た老僧が、にこやかな顔で待っていた。

 真っ白でふさふさな眉毛と、顎下に蓄えた髭、頬はほっそりとして、目の下には大きな涙袋があり、体は権太よりも少し大きいほどだろうか。

 年は幾らか分からないが、肌もぴんとはり、剃り上げた頭が艶々と輝いているのを見ると、安寿と変わらないぐらいに見えた。

 むしろ、安覚のほうが、ふたりよりも年を食っているふうに見えた。

 安寿は、事の仔細を語った。

 その間、安仁は終始にこにこと権太を見て、頷いていた。

「それで、如何でしょうか?」

 そう安寿が問うと、一層笑顔で、

「そなたに任せます」

 と、始めて口を開いた。

「畏まりました。それではひと月後に……」

 何が一月後なのだろうかと思っていると、稚児灌頂をするという。

 村の和尚から言われた「あれ」だ。

 あの時は、寺の坊主になるのだろうと漠然と考えていたが、改めて稚児灌頂とは何かと訊くと、権太が稚児になるのだと、至極簡単に安寿は答えてくれた。
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