本能寺燃ゆ

hiro75

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第二章「性愛の山」

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「いや、これだ」

 と、八郎も負けていない、九本だ。

「ここまで見てやろう」

 今度は六本になった。

「いや、まだ泣け」

 と、八本を示す。

「うむ……」と、老婆は手を引っ込め、その手を顎にやり、しばし思案する。

 交渉決別かなと思われたその時、

「その娘と一緒なら、これだけ出そう」

 と、老婆の指は七本になった。

「いや、それは駄目だ、こいつは伴天連に売る。あいつらは、餓鬼が買わないが、娘なら高く買う」

「そうかい、なら、この話はなしだ」

 老婆は、帰りなというように手を振り、奥に入ろうとした。

「ま、待て」

 今度は八郎が止める番だった。

「分かった、これでいい」

 と、指六本を出し、

「よし、商い成立だ」

 老婆は、ぱんと両手を売った。

「あんたの良いところは、そうやって決断が早いところだ。商いは時だ、躊躇してたら先を越される。売り時と買い時を逃さないようにしないとね」

 そう言いながら、老婆は袋を手渡した。

 八郎は、それを素直に受け取ると、懐に入れた。

「数えなくていいのかい、ワシが誤魔化しているかもしれんよ」

「あんたはケチだが、嘘はつかねぇ。それだがあんたの良いところだ」

「本当にね」

 と、老婆が笑った。

 八郎は、権太に向き直った。

「ぼう、お前とは、ここまでだ。これも世の道理だ、悪く思うな。恨むのなら、己の無能さ、無力さを恨め。まあ、最後の好だ、良いことを教えてやる。大切なことは、お前さんがいまどこにいるか、そして何をしたいのか、正直であることだ。そのためには、しっかりと地に足を付けて、落ち着いた気持ちで辺りを見回せ、そうすれば良き道が開けてくる。あいつとも再会できるやもしれん」

 八郎は、そう言って小屋を出た。

 姉に、「弟に何か言ってやることはないのか?」と訊いていたが、姉はあっさりと首を振り、八郎について出て行ってしまった。

 小屋を出る際に、姉とは一度だけ目があったが、別れを悲しんでいるのか、寂しがっているのか、それとも喜んでいるのか、分からなかった。

 権太も、別に寂しいとは思わなかった。

 ただ、八郎が行ってしまったことは、心細かったが。
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