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第二章「性愛の山」
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八郎に連れられて三日目、東坂本に出た。
それまで、特に山賊に出会うこともなく、何か所かに関所もあるにはあったが、簡素なもので、数人のそれこそ山賊のようないで立ちの男たちが屯していて、八郎が銭を握らせると喜んで通してくれた。
八郎が言うには、織田信長が、関所があっては人や品物の行き来が面倒だろうと、畿内の関を撤廃させたらしい。
「が、それでも、僅かな銭ほしさに、まだ残っているのさ。弾正忠(信長)に知れれば、すぐに首が飛ぶだろうが、まあ、色々と付き合いがあるんで、こっちも見て見ぬふりだ」
世の中、色々なのだなと、権太は思った。
道中は、初めてづくしであった。
馬や牛の背中に大量の荷物を積んだ荷方に出会ったり、八郎のように背負い籠を担いだ商人、派手な着物を着て、笛や太鼓を鳴らしていた女たちなど、驚くばかりである。
特に驚いたのは、海に出た時だ。
はじめは大きな池だと思ったが、それを父から聞いた昔話に出てくる海だと気が付き、驚き興奮した。
が、それが海ではなく、淡海という、やはり大きな池だと聞いて、二度驚いた。
さらに、坂本に着いて驚いた。
人の多さである。
淡海の岸で、米を運ぶという舟に乗せてもらい ―― 初めて乗った舟で、聊か気分が悪くなったが ―― 丸一日揺られて、昼過ぎには東坂本の湊に着いたが、祭りでもあるのか、多くの人で溢れかえっていた。
祭りかと八郎に問うと、彼は鼻で笑った。
「まあ、お上りさんなら仕方ない。ここは、いつもこれだけ賑わっている」
京や比叡山に米を運ぶ馬借や人夫、船夫、商人、職人、春売女、僧侶や神人、もちろん百姓など、様々な人が集まっているらしい。
「昔から寺は無縁だからな、人が集まる」
舟から上がりながら、八郎は言った。
舟夫に、銭を払っている。
八郎が言うには、寺は一番強いらしい。
京というところに帝という人がいるらしいが、その人よりも強いらしい。
また、侍よりも強いそうだ。
「強いってことは、力だけなく、地位や、銭もだ」
昔から、生活に困った百姓や、何事か揉め事を起こした公家や侍が、寺に逃げ込むらしい。
いくら帝や将軍でも、断りもなしに寺に入って、逃げた百姓や敵方の公家、武士を捕えることはできないらしい。
どうしても捕まえたいのなら、寺に頼んで捕まえてもらわねばならない。
寺には、寺の法があるというのが、寺社側の言い分だ。
「まあ、ひとつの国ってわけだ。しかも、朝廷や武家の法が及ばない最強の国だ。だから、脛に傷があるやつが沢山集まってくる」
人が集まれば、そこに町ができ、町ができれば商人もやってきて、必然市もたち、商い物が高く売れれば、そこにさらに人や物が集まってきて、巨大な都市ができる。
さらに、比叡山周辺、特に淡海西岸の堅田、東坂本、穴太は、京から地方、地方から京へ人や物が移動する中継地点で、海運や陸送業で大いに賑わった。
その一帯を、御山が抑えているのである。
延暦寺の力が、如何に強かったかということである。
「それだけじゃね」
八郎は、湊で荷受けをする人夫や商人たちを掻き分け、掻き分け進む。
おえいと権太も、逸れないようにと必死でついていく。
人の多さに目が回る。
「御山は、京も抑えているからな」
権太は、京というところが、どういった場所かは分からない。
「帝がいるところだ。まあ、ここよりはデカいし、人も多いが、その一等地は御山のものだ。それだけじゃない、京だけじゃなくて、八洲国の至る所に御山の所領がある。だからなまじ、帝や将軍でも、おいそれと手は出せないのさ」
それまで、特に山賊に出会うこともなく、何か所かに関所もあるにはあったが、簡素なもので、数人のそれこそ山賊のようないで立ちの男たちが屯していて、八郎が銭を握らせると喜んで通してくれた。
八郎が言うには、織田信長が、関所があっては人や品物の行き来が面倒だろうと、畿内の関を撤廃させたらしい。
「が、それでも、僅かな銭ほしさに、まだ残っているのさ。弾正忠(信長)に知れれば、すぐに首が飛ぶだろうが、まあ、色々と付き合いがあるんで、こっちも見て見ぬふりだ」
世の中、色々なのだなと、権太は思った。
道中は、初めてづくしであった。
馬や牛の背中に大量の荷物を積んだ荷方に出会ったり、八郎のように背負い籠を担いだ商人、派手な着物を着て、笛や太鼓を鳴らしていた女たちなど、驚くばかりである。
特に驚いたのは、海に出た時だ。
はじめは大きな池だと思ったが、それを父から聞いた昔話に出てくる海だと気が付き、驚き興奮した。
が、それが海ではなく、淡海という、やはり大きな池だと聞いて、二度驚いた。
さらに、坂本に着いて驚いた。
人の多さである。
淡海の岸で、米を運ぶという舟に乗せてもらい ―― 初めて乗った舟で、聊か気分が悪くなったが ―― 丸一日揺られて、昼過ぎには東坂本の湊に着いたが、祭りでもあるのか、多くの人で溢れかえっていた。
祭りかと八郎に問うと、彼は鼻で笑った。
「まあ、お上りさんなら仕方ない。ここは、いつもこれだけ賑わっている」
京や比叡山に米を運ぶ馬借や人夫、船夫、商人、職人、春売女、僧侶や神人、もちろん百姓など、様々な人が集まっているらしい。
「昔から寺は無縁だからな、人が集まる」
舟から上がりながら、八郎は言った。
舟夫に、銭を払っている。
八郎が言うには、寺は一番強いらしい。
京というところに帝という人がいるらしいが、その人よりも強いらしい。
また、侍よりも強いそうだ。
「強いってことは、力だけなく、地位や、銭もだ」
昔から、生活に困った百姓や、何事か揉め事を起こした公家や侍が、寺に逃げ込むらしい。
いくら帝や将軍でも、断りもなしに寺に入って、逃げた百姓や敵方の公家、武士を捕えることはできないらしい。
どうしても捕まえたいのなら、寺に頼んで捕まえてもらわねばならない。
寺には、寺の法があるというのが、寺社側の言い分だ。
「まあ、ひとつの国ってわけだ。しかも、朝廷や武家の法が及ばない最強の国だ。だから、脛に傷があるやつが沢山集まってくる」
人が集まれば、そこに町ができ、町ができれば商人もやってきて、必然市もたち、商い物が高く売れれば、そこにさらに人や物が集まってきて、巨大な都市ができる。
さらに、比叡山周辺、特に淡海西岸の堅田、東坂本、穴太は、京から地方、地方から京へ人や物が移動する中継地点で、海運や陸送業で大いに賑わった。
その一帯を、御山が抑えているのである。
延暦寺の力が、如何に強かったかということである。
「それだけじゃね」
八郎は、湊で荷受けをする人夫や商人たちを掻き分け、掻き分け進む。
おえいと権太も、逸れないようにと必死でついていく。
人の多さに目が回る。
「御山は、京も抑えているからな」
権太は、京というところが、どういった場所かは分からない。
「帝がいるところだ。まあ、ここよりはデカいし、人も多いが、その一等地は御山のものだ。それだけじゃない、京だけじゃなくて、八洲国の至る所に御山の所領がある。だからなまじ、帝や将軍でも、おいそれと手は出せないのさ」
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