本能寺燃ゆ

hiro75

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第二章「性愛の山」

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 道を上がりきると、そこは開けた場所で、空から青白い月明りが降り注ぎ、幾分古ぼけた六地蔵が寂しく佇んでいた。

 こんなところにお地蔵さまがあったなんて、はじめて知った。

 姉は、お地蔵さまひとつひとつに手を合わせたあと、その前に腰を下ろした。

 権太も同じようにして、道の脇に座り込んだ。

 どのぐらい来たのだろうか?

 村から、どれぐらい離れているのだろうか?

 来た道は、戻ることを遮るように真っ暗だ。

 こんな道を歩いてきたのかと思うと、急に怖くなった。

 ざっざっと周囲が騒めく。

 月に照らされた木々の影が揺れる。

 遅れて、権太の頬を風が吹き抜けていく。

 冷たい。

 凍てつくような冷たさだ。

 姉を追いかけるようにして慌てて出てきたので、薄着のままだった。

 素足で、月の光で爪の先が黒ずんでいるのが見える。

 ―― 寒い………………

    寒すぎる………………

    それに、怖い………………

 ぶるぶると震える膝を抱きかかえる。

 寒いから震えているのか、怖くて震えているのか分からない。

 ただ、何かに取り憑かれたように、身体が恐ろしく震えた。

 がたがたと震えながら姉を見る。

 姉は、しっかりと旅姿である。

 が、それでも寒いようだ、小刻みに震えている。

 目が合うと、ぷいっとそっぽを向いた。

 権太も、憎たらしいと膝の間に顔を埋めた。

 こんなことになっているのは、誰のせいだ、姉のせいではないのか?

 そうだ、姉が悪いんだ。

 姉が、突然家を出るようなことをするから………………

 黙って十兵衛のもとへ行こうとするから………………

 それなら、はじめからそう言ってくれればいいのに………………

 それなら、権太も心を整え、仕度をしたのに………………

 全部、お姉のせいだ!

 ―― 寒いのも

    怖いのも

    痛いのも

    そして、ひもじいいのも………………

 姉を恨んでいると、ぐるぐると腹も鳴った。

 腹がへったのも、全部姉のせいだ!

 寒すぎて、お腹が空きすぎて、あちこち痛くて、涙が出そうだ。

 ―― お姉が………………

    お姉が悪いんだ………………

    お姉が………………

 もう限界だと思ったとき、不意に姉が傍に来て、これ食べと懐から何かを取り出して渡し、また地蔵のところまで戻ると座り込んで、自分もぼりぼりと何かを食べ出した。

 姉がくれたのは、焼いたかき餅だ ―― 囲炉裏で焼いていたのを思いだした。

 権太は、勇んで齧り付く。

 硬い………………歯が折れそうだ。

 それでも、空腹に耐えきれず、がりがりと削るようにしながら食べた。

 寒いせいか、それとも疲れているせいか、味は分からなかったが、ひもじさだけは紛らわすことができた。

 まあ、かき餅一個では腹を満たすことはできなかったのだが………………

 全部平らげた頃には、随分風も強くなっていた。

 木々ががさがさと蠢いている。

 寒さも、傷の痛さも、腹もそれほど満たされてはいないが、とりあえず少し口にできたので、ほっと安心した。

 姉のほうは、まだ口をもぐもぐとさせている ―― それとも二個目だろうか? 狡い………………

 ときおり、きょろきょろと周囲を見回している。

 がりがさりと草木が鳴ると、はっとそっちを見つめる。

 ―― どうせ風だ。

 そう思っていた。

 だが、姉がおどおどし始め、挙句権太の傍に駆け寄ってきたときから、もしかして……と思い始めた。

 ―― 何か来る?

 草木が擦れているのは、風のせいではない。

 もしかして、獣か?

 山犬か?

 それとも熊か?

 いや、物の怪だろうか?

 権太は、姉に寄り添う。

 姉も、権太を抱き寄せる。

 二人して息を顰め、じっと音が大きくなるほうを見つめた。

 がさりと、大きな音がした。

 姉がびくりと体を震わせる。

 権太の身体もひきつく。

 地蔵の脇の茂みが大きく割れる。

 ―― 来る!
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