本能寺燃ゆ

hiro75

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第二章「性愛の山」

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 まるで雪が降ったような青白い世界に、遠ざかっていく後ろ姿を見つけた。

 月にしんしんと照らされる道を行く姿に、一瞬十兵衛の面影を見たが、すぐに姉だと気がついた。

 権太は、急いで跡を追った。

 そうだ、きっとそうに違いない!

 ―― 姉は、十兵衛のもとにいくのだ!

 そう思い当たった。

 そう思うと、婿取りが決まり、十兵衛がいなくなったときからの姉の行動、仕草、笑顔の全てに合点がいった。

 姉は、このときを待っていたのだ。

 婿入りを喜んでいる姿を見せて、父や村人たちを油断させ、十兵衛のもとへ行くための用意をしていたのだ。

 姉は、夢から覚めたのではない。

 いまでも、夢の中にいるのだ。

 いや、姉にとって、十兵衛と一緒になることがうつつなのだ。

 ―― 行かせてはいけない!

    姉を、十兵衛のもとに行かせていけない!

    姉だけ、十兵衛に会いに行くのは狡すぎる!

    うらだって、会いたいのに!

 権太は、姉を追いかけた。

 一人だけ行かせないと、駆けた。

 が、姉は足が速く、なかなか追いつけない。

 抜け駆けだけはさせたくない一心で追いかけていると、村境の道祖神を過ぎ、山の中に入っていた。

 あれほど越えることを躊躇っていた道祖神も、まるで気が付かなかった。

 山も、怖さを感じない。

 父から、ひとりで山に入るなと口煩く言われていた。

 庄屋や長老連中からは、子どもだけで山に入るな、山を遊び場にするな、山には怖い物の怪が沢山いて、喰われるぞ………………と、脅されたこともある。

 それでも、大人たちの忠告を無視して山に入る子どもたちはいた。

 餓鬼大将がついて来いといえば、大抵の子どもたちはついていかなければならない。

 物の怪よりも、餓鬼大将のほうが怖いからだ。

 だが権太はどんなに誘われても、どんなに脅されても、どんなに女児(おなご)みたいだと蔑まれても、絶対に入らなかった。

 いまは、怖くない。

 姉に追いつくことだけに一生懸命で、怖さは感じなかった。
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