本能寺燃ゆ

hiro75

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第二章「性愛の山」

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 あの後ろ姿は、いつもと違って丸まっていて、小さい気がした。

 いつも出かけるときは、ちゃんと背筋も伸びて足取りも軽く、まっすぐと前を見つめ、意気揚々と出ていく。

 が、今回は、『天下を取りに………………』と言い、まっすぐと前を見つめながらも、その視線は弱々しく、どこか虚ろで、『天下』というものが、いったい何処にあるのか、十兵衛でさえ分かっていないような、ただ姉の前から消えるための口実に使っただけで、権太の耳には、大人たちがありがたいと言っている和尚の読経のように、虚しい響きに聞こえた。

 十兵衛は、もう戻ってこないのだろうか?

 戻ってくる理由は、もうないのか?

 姉との絆はなくなった。

 村との絆は、もとより薄い ―― もともとは、旱の対策として、山崎の殿様が寄越した使いだ、関係はほぼない。

 源太郎の家には客として泊まっていただけで、なんら縁もない。

 権太とは………………

 権太との絆は、なかったというのか?

 あれほど一緒にいて、十兵衛の昔話もしてくれて、優しくしてくれたのに、兄のような存在で、権太は本当に血がつながっている家族だと思っていたのに………………

 この村で、一生一緒に暮らしていけると思ったのに………………

 権太との絆はなかったのか?

 十兵衛のことを思っていたのは、権太だけだったのか?

 十兵衛にとって権太は、厄介になった家の子どもでしかなかったのか?

 好いた女の、ただの弟としか思っていなかったのか?

 女との縁が切れたら、もうここには戻ってこない………………

 このまま、十兵衛との縁は切れるのか?

 いや、もとから縁などなかったのではないか?

 十兵衛にとって、この村など意味のないもの………………、あってもなくても良いもの………………、ただの通り道だったのかもしれない。

『天下を取りに………………』行くための道筋に、休むために立ち寄った村で、権太のことは通りすがりに見た道祖神程度だったのだろう。

 なら、権太のことなど、すぐに忘れるはずだ。

 だが、権太は違う。
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