本能寺燃ゆ

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第二章「性愛の山」

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 源太郎げんたろうに、十兵衛じゅうべえいのことを告げた。

「そうか……」と、呟き、「仕方があるまい」

 父は、ひとつ悩みが消えたと、幾分晴れやかな顔をしていた。

 姉は、いつもと変わらぬ表情で、いつもと変わらぬ仕事をしている。

 普段から感情が表に出ない人で、弟の権太ごんたですら何を考えているのか分からない人なので、十兵衛が行ってしまって悲しんでいるのか、それとも他の男と一緒になるには邪魔な存在がいなくなって喜んでいるのか、よく分からない。

 ただ淡々と、年越しの準備をし、嫁入りの準備をしている。

 あれ程睦会っていたのに、ほとんど夫婦も同然のような仲だったはずなのに、そんなに簡単に相手のことを忘れることができるのだろうか?

 夫婦の仲とは、それほどのものなのだろうか?

 人への想いとは、その程度のものなのだろうか?

 十兵衛への気持ちとは、所詮その程度なのだろうか?

 姉が、村人から、特に若い男から『冷たい女だ』というようなことをよく言われているが、殆どが姉に袖にされた連中なのだが、その言葉の意味が分かった気がする。

 上の村の庄屋の息子の婿入りが決まってから、更に嫌みな噂が多くなる。

『あのべさ、結局は男よりも、家をとったんや』

『そら、うららと一緒になったら、毎日粥も食えんからな』

『あの侍と一緒になってれば、毎日美味い飯もたらふく食えるやろうに』

『あいつが、そんな立派な侍になるか? ずっと流浪ながれもので、貧乏暮らしやろう。それなら、ここに残って毎日粥でも食ってた方がましだわな』

『結局、あのべさも、これよ』

 と、親指と人差し指を丸めて、笑っていた。

 そうだ、姉は十兵衛よりも、家を選んだのだ ―― この村での、安定した生活を………………姉なんて、所詮はそんな情のない女 ―― 冷たい女なのだ。

 じゃあ、権太はどうなのか?

 ―― うらは違う!

    うらは待っている!

 権太は、十兵衛が戻ってくるのを待っている。

 十兵衛は………………戻ってくるのか?
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