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第一章「純愛の村」
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しとしとと雨が落ち、着物はしっとりと濡れていたが、不思議と寒くはなかった。
ここはどこだろう、さっきまで家にいたはずなのに?
しばし呆然として、はっと思い当った ―― もしかして、源太郎や十兵衛、姉に捨てられた?
上の村の庄屋の息子の婿入り話は嘘で、本当は姉と十兵衛が一緒になって、跡取りとして邪魔な権太は捨てられた?
―― そんな、酷い!
権太は、急いで家に戻ろうと、方向は分からなかったが、とにかく走り出そうとした。
だが、足が動かない。
なぜか、大地に根付いたように、足が上がらない。
なぜ?
なぜ?
今まで味わったことない恐怖に震えていると、ずる………………、ずる………………と、何かを引きずるよう音が聞こえる。
そして、何やらぼそぼそとした人の声も………………
「………………ぬ、………………ならぬ」
怖い………………
なんだろう?
化け物か?
見たくない、見たくないと思っているのに、なぜか権太の目は、その声と音の方を向いてしまう。
―― 男がいた!
武士だろうか?
腹這いになって、まるで大地を掻き毟るようにしながら、ゆっくりと前に進んでいる。
ずる……………、ずる………………という音は、その男が這いつくばって進んでいる音だ。
髪は元結が切れ、ざんばらで、甲冑は着けているが、酷く壊れ、汚れている。
顔は良く見えないが、どうやら落ち武者らしい、しかも相当怪我をしていようだ。
「………………ぬ、………………ならぬ」
男は呟きながら、這いつくばりながら、何かを求めるようにゆっくりと進んでいく。
こちらに気が付いていないようだ。
権太は、何を呟いているのだろうと、耳を澄ます。
「………………ならぬ、行かねばならぬ」
何処へ行かないといけないのだろう?
権太は思わず聞いてしまった。
「行く? 何処へ?」
すると男は苦しそうに呟いた。
「天下を………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………と、そこで目が覚めた。
いつもの茅葺の屋根だ。
囲炉裏の煙が、茅葺の間をすっと消えていく。
しばらく呆然と見ていたが、どうやら夢だったと気がついた。
十兵衛や、源太郎、姉は?
慌てて囲炉裏端に目をやると、十兵衛の姿はない。
父や姉は、傍らで寝ている。
捨てられたわけではないようだ。
酒に酔って、眠ってしまったらしい。
ひと安心すると、急に胸のむかつきが襲ってきた。
吐きそうだ、外で………………と起き上がる、頭も少しくらくらする。
もうすぐ朝のようだ。
僅かに開いた戸からは、白々とした光が入り込んでいる。
なぜ戸があいているの?
誰かが出ていったのだろうか?
もしかして、十兵衛が?
吐き気も忘れ慌てて外に出ると、やはり十兵衛の姿があった。
旅姿で、乳白色の霧の中に佇んでいた。
東の山際は、微かに白んでいる。
権太は、男の背中へと歩み寄る。
二、三日泊まると言っていたはずだが………………
権太の気配に、男は振り返り言った。
「お世話になりました、権太殿。源太郎殿、おえい殿によろしく伝えてくだされ。拙者がこれ以上ここにいては、迷惑がかかるのでな」
「どうして?」
それには答えず、男は言った。
「行かねばならぬ」
権太は、夢を思い出した。
「行く?」、不意に訊いてみた、「何処へ?」
「行かねばならぬ」
男は屈み込み、草鞋をきつく結ぶ。
権太は、再び大きな背中に問いかけた。
「何処へ?」
草鞋を結び終えると、男は静かに立ち上がった。
朝日が顔を覗かせると、大地がきらきらと輝く。
男は、権太に笑みを寄越したあと、歩き出した。
「天下を取りに」
(第一章・了)
ここはどこだろう、さっきまで家にいたはずなのに?
しばし呆然として、はっと思い当った ―― もしかして、源太郎や十兵衛、姉に捨てられた?
上の村の庄屋の息子の婿入り話は嘘で、本当は姉と十兵衛が一緒になって、跡取りとして邪魔な権太は捨てられた?
―― そんな、酷い!
権太は、急いで家に戻ろうと、方向は分からなかったが、とにかく走り出そうとした。
だが、足が動かない。
なぜか、大地に根付いたように、足が上がらない。
なぜ?
なぜ?
今まで味わったことない恐怖に震えていると、ずる………………、ずる………………と、何かを引きずるよう音が聞こえる。
そして、何やらぼそぼそとした人の声も………………
「………………ぬ、………………ならぬ」
怖い………………
なんだろう?
化け物か?
見たくない、見たくないと思っているのに、なぜか権太の目は、その声と音の方を向いてしまう。
―― 男がいた!
武士だろうか?
腹這いになって、まるで大地を掻き毟るようにしながら、ゆっくりと前に進んでいる。
ずる……………、ずる………………という音は、その男が這いつくばって進んでいる音だ。
髪は元結が切れ、ざんばらで、甲冑は着けているが、酷く壊れ、汚れている。
顔は良く見えないが、どうやら落ち武者らしい、しかも相当怪我をしていようだ。
「………………ぬ、………………ならぬ」
男は呟きながら、這いつくばりながら、何かを求めるようにゆっくりと進んでいく。
こちらに気が付いていないようだ。
権太は、何を呟いているのだろうと、耳を澄ます。
「………………ならぬ、行かねばならぬ」
何処へ行かないといけないのだろう?
権太は思わず聞いてしまった。
「行く? 何処へ?」
すると男は苦しそうに呟いた。
「天下を………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………と、そこで目が覚めた。
いつもの茅葺の屋根だ。
囲炉裏の煙が、茅葺の間をすっと消えていく。
しばらく呆然と見ていたが、どうやら夢だったと気がついた。
十兵衛や、源太郎、姉は?
慌てて囲炉裏端に目をやると、十兵衛の姿はない。
父や姉は、傍らで寝ている。
捨てられたわけではないようだ。
酒に酔って、眠ってしまったらしい。
ひと安心すると、急に胸のむかつきが襲ってきた。
吐きそうだ、外で………………と起き上がる、頭も少しくらくらする。
もうすぐ朝のようだ。
僅かに開いた戸からは、白々とした光が入り込んでいる。
なぜ戸があいているの?
誰かが出ていったのだろうか?
もしかして、十兵衛が?
吐き気も忘れ慌てて外に出ると、やはり十兵衛の姿があった。
旅姿で、乳白色の霧の中に佇んでいた。
東の山際は、微かに白んでいる。
権太は、男の背中へと歩み寄る。
二、三日泊まると言っていたはずだが………………
権太の気配に、男は振り返り言った。
「お世話になりました、権太殿。源太郎殿、おえい殿によろしく伝えてくだされ。拙者がこれ以上ここにいては、迷惑がかかるのでな」
「どうして?」
それには答えず、男は言った。
「行かねばならぬ」
権太は、夢を思い出した。
「行く?」、不意に訊いてみた、「何処へ?」
「行かねばならぬ」
男は屈み込み、草鞋をきつく結ぶ。
権太は、再び大きな背中に問いかけた。
「何処へ?」
草鞋を結び終えると、男は静かに立ち上がった。
朝日が顔を覗かせると、大地がきらきらと輝く。
男は、権太に笑みを寄越したあと、歩き出した。
「天下を取りに」
(第一章・了)
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