本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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「それで源太郎殿、話があるのだが……」

「なんでござりましょう?」

「うむ、拙者もようやく人並みになりましたので、おえい殿を嫁に貰えぬかと?」

「お、おえいをでございますか?」

 源太郎は驚き、思わず声が上擦ってしまった。

 権太も驚く、まさか十兵衛が姉を望むとは………………

 おえいは、十兵衛がそう言うと知っていたのか、全く動じず、少し嬉しげな顔で、誇らしげに胸を張っていた。

 やはり、二人の間に秘密の約束があったのだ。

 だから姉は、上の村の三男坊との婚姻話にも焦らなかったのだ。

 困ったのは源太郎である。

「いえ、そ、それは……」

「何かございますか? 以前、源太郎殿からおえい殿を嫁にという話があったので、拙者なりに真剣に考えておったのですが……」

「はあ、その……」

「もちろん、婿養子に入ることはできかねるが、跡取りなら権太殿がおられるし」

 そうだ、十兵衛にとって権太は、所詮この家の跡取り程度の存在なのだ。

 源太郎は、返答に困っている。

「もしかして、権太殿の寺入りの話ですか?」

「はあ、権太は寺入りが決まりまして……、それで跡取りには、上の村の庄屋の三男をおえいの婿に迎えると話がつきまして、この正月明けにも……」

 源太郎は、探る探る言う。

 十兵衛は、あっと、おえいを見た。

 おえいは、眉も動かさず、じっと座っている ―― 姉は、いったい何を考えているのだろう。

「さ、左様でしたか。そうとはつゆ知らず、これはご無礼つかまつった」

 十兵衛は慌てて頭を下げた。

「こちらこそ、明智様の御心を惑わし、ご体面を損じることになり、大変申し分ございませぬ。されど、上の村や和尚との関わりもございますので……」

 普通の武士ならば、体面を汚されたと、一刀両断されてもしかたがないだろうが、そこは十兵衛、物わかりがと良いというか………………

「ははは、それは仕方がござりませぬ、世の中、色々とありますからな。ははは」、随分寂しげに笑った、「おえい殿、おめでとうござりまする」

 おえいは、有難うございますと、頭を下げる。

 姉の気持ちがよく分からない………………

「しかし、拙者は扶持取りになれるし、おえい殿は婿取り、権太殿は寺上り、いや~、目出度い、盆と正月が一緒にきたようですな。目出度い、目出度い」

 そのあとは、お土産の酒をあけ、父と十兵衛が飲み始めた。

「目出度い、目出度い。ほら、おえい殿も飲んで、権太殿も」

 と、酔いが回ると、十兵衛は姉や権太にも酒を勧めてきた。

 姉は、十兵衛に注いでもらうと、ちょっと口を付けただけだ、それでも頬がほんのりと色づいた。

「明智様、権太はまだはようございます」

 父はそう言ったが、十兵衛は遠慮なく注ぐ。

 権太も、十兵衛に気をかけてもらって嬉しかったので、ぐいっと空ける。

「あっ、おい、権太、一気に飲み過ぎだ」

「あははは、権太殿やりますな」

 喉が焼けるように熱い。

 思わず噎せ返る。

 お腹の中も熱くなり、しばらくすると父と十兵衛の声がびんびんと響き渡り、そのうち目が回りだし、気が付けば山の中にいた。
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