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第一章「純愛の村」
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雷無月に入って、内検があった。
領主の代理がやってきて、その年の米の採れ具合を調べる。
庄屋や源太郎は、何とか年貢量を減らしてもらおうと、代官たちを手厚く持て成し、色々な詫び言を並び立てたが、「否」の一言で却下され、結局、当初の予定どおり例年よりも多目に収めることとなった。
これも、十兵衛のせいだと村人たちは噂した。
「ほんま疫病神やな、あいつは」
「まあ、もう戻ってこんやろう」
「いや、また来るかもしれへんで」
「知らんのか? あいつは都に行ったらしいで」
村人の話に、権太は聞き耳を立てた。
家では、一切十兵衛の話はでてこない。
父も、また姉や権太の心を惑わしてはと思って、明智の「あ」の字も出さない。
久しぶりに十兵衛の名を聞いて、権太は酷く嬉しく、父や他の村人にばれないように、村人たちの噂話にそっと耳を傍立てた。
「代官様の話だと、織田ちゅうやつが、足利ちゅうやつを将軍にするとかで、大軍を率いて京へ乗り込んだらしいわ。足利の家来になったあいつも、一緒に行ったらしい」
「ほんね? ほやら、もう戻ってこんね? 良かったわ、疫病神が消えて」
権太は、呆然となった。
―― 嘘だ!
京へ行くなんて………………あれほど戻ってくると約束したのに………………
いや、戻ってくる。
必ず戻ってくる。
約束したのだから………………
権太は信じている、十兵衛のことを。
誰よりも………………
誰よりも………………
いや、この村の中で、権太と同じように十兵衛のことを信用している者がいる ―― おえいだ。
一時期父とは険悪な仲だったが、いつの間に蟠りがとけたのか、いまは以前と変わらず父と接している。
権太は、姉もまた、権太同様に十兵衛が戻ってくれると信じていると思っていた。
だが、父が姉に、
『婿養子を決めてきた』
と言い、それをあっさりのんだとき、権太は姉に対して、裏切られたという酷く悲しい気持ちになった。
当初、嫁ぎ先を探すと言っていたのが、なぜ婿養子の話に戻ったのかというと、全ては和尚が原因だった。
父は、あの日以来、おえいの嫁入り先を色々と探していた。
村には、姉と、年齢的にも、家柄的にも釣り合うような男がいない。
で、近隣の村から募っているらしかったが、なかなか思うような嫁ぎ先がなかった。
それと同時に、寺の和尚に、権太の跡取りのことを話し、寺上りを断りに言った。
すると、
『いやいや、それなら、拙僧がおえいのために良い男を見つけてしんぜよう』
と、わざわざ上の村まで出向いて、婿養子を決めてきたらしい。
上の村の庄屋には三男坊がいて、これの婿入り先がなかったようだが、和尚から婿養子の話を聞いて、すぐに決まったらしい。
源太郎としても、村役の三男で、年齢も釣り合うので、断る理由もない。
村としても、上の村と血縁を持つことは、村同士の結束を強くし、願ってもないことだった。
和尚が、それを庄屋の荘三郎に話すと、
『こんな良いこと、滅多にない。おえいには、今すぐにでも婿取りさせろ』
と、源太郎をせっついたらしい。
『いや~、跡取りは権太と考えていたので。それに、おえいがうんと言うか……』
確かに、申し分のない話ではあったが、源太郎は少々不服だったようだ。
できれば、自分の家は、血を受け継いだ息子に継いでほしかった、もちろん、娘も血は繋がってはいるが、他所の男に家に入られるのは、聊か気が引けた。
『何を言うてる、和尚さんがそこまでしてくださったや。この話は、ありがたく受けとれ。そこまでして、権太が欲しいのやろう。これで、和尚もさらに喜ぶやろう』
それである!
荘三郎の言う通り、そこまでして権太を欲しがる和尚に気が滅入った。
「全く生臭坊主で困る」
と、源太郎は権太を見ながらため息を吐いたのを覚えている。
寺に行くことになったのは、驚いた。
それよりも驚いたのは、姉が上の村の三男坊を婿取りすることに同意したことだ。
権太は、姉は十兵衛を好いている、そして信じていると思っていた。
権太同様、必ず帰ってくると信じていると。
それが、なぜ心変わりしたのだろう?
姉は、十兵衛のことを諦めたのだろうか?
権太は許せなかった。
あれ程、十兵衛と姉が一緒になることは嫌だったのに、姉が彼のことを諦めたということが、権太には納得いかなかった。
結局、十兵衛を信じているのは権太だけで、悲しい気持ちとともに、誇らしい気分になった。
―― 信じよう
どんなことがあっても
必ず戻ってくると………………
領主の代理がやってきて、その年の米の採れ具合を調べる。
庄屋や源太郎は、何とか年貢量を減らしてもらおうと、代官たちを手厚く持て成し、色々な詫び言を並び立てたが、「否」の一言で却下され、結局、当初の予定どおり例年よりも多目に収めることとなった。
これも、十兵衛のせいだと村人たちは噂した。
「ほんま疫病神やな、あいつは」
「まあ、もう戻ってこんやろう」
「いや、また来るかもしれへんで」
「知らんのか? あいつは都に行ったらしいで」
村人の話に、権太は聞き耳を立てた。
家では、一切十兵衛の話はでてこない。
父も、また姉や権太の心を惑わしてはと思って、明智の「あ」の字も出さない。
久しぶりに十兵衛の名を聞いて、権太は酷く嬉しく、父や他の村人にばれないように、村人たちの噂話にそっと耳を傍立てた。
「代官様の話だと、織田ちゅうやつが、足利ちゅうやつを将軍にするとかで、大軍を率いて京へ乗り込んだらしいわ。足利の家来になったあいつも、一緒に行ったらしい」
「ほんね? ほやら、もう戻ってこんね? 良かったわ、疫病神が消えて」
権太は、呆然となった。
―― 嘘だ!
京へ行くなんて………………あれほど戻ってくると約束したのに………………
いや、戻ってくる。
必ず戻ってくる。
約束したのだから………………
権太は信じている、十兵衛のことを。
誰よりも………………
誰よりも………………
いや、この村の中で、権太と同じように十兵衛のことを信用している者がいる ―― おえいだ。
一時期父とは険悪な仲だったが、いつの間に蟠りがとけたのか、いまは以前と変わらず父と接している。
権太は、姉もまた、権太同様に十兵衛が戻ってくれると信じていると思っていた。
だが、父が姉に、
『婿養子を決めてきた』
と言い、それをあっさりのんだとき、権太は姉に対して、裏切られたという酷く悲しい気持ちになった。
当初、嫁ぎ先を探すと言っていたのが、なぜ婿養子の話に戻ったのかというと、全ては和尚が原因だった。
父は、あの日以来、おえいの嫁入り先を色々と探していた。
村には、姉と、年齢的にも、家柄的にも釣り合うような男がいない。
で、近隣の村から募っているらしかったが、なかなか思うような嫁ぎ先がなかった。
それと同時に、寺の和尚に、権太の跡取りのことを話し、寺上りを断りに言った。
すると、
『いやいや、それなら、拙僧がおえいのために良い男を見つけてしんぜよう』
と、わざわざ上の村まで出向いて、婿養子を決めてきたらしい。
上の村の庄屋には三男坊がいて、これの婿入り先がなかったようだが、和尚から婿養子の話を聞いて、すぐに決まったらしい。
源太郎としても、村役の三男で、年齢も釣り合うので、断る理由もない。
村としても、上の村と血縁を持つことは、村同士の結束を強くし、願ってもないことだった。
和尚が、それを庄屋の荘三郎に話すと、
『こんな良いこと、滅多にない。おえいには、今すぐにでも婿取りさせろ』
と、源太郎をせっついたらしい。
『いや~、跡取りは権太と考えていたので。それに、おえいがうんと言うか……』
確かに、申し分のない話ではあったが、源太郎は少々不服だったようだ。
できれば、自分の家は、血を受け継いだ息子に継いでほしかった、もちろん、娘も血は繋がってはいるが、他所の男に家に入られるのは、聊か気が引けた。
『何を言うてる、和尚さんがそこまでしてくださったや。この話は、ありがたく受けとれ。そこまでして、権太が欲しいのやろう。これで、和尚もさらに喜ぶやろう』
それである!
荘三郎の言う通り、そこまでして権太を欲しがる和尚に気が滅入った。
「全く生臭坊主で困る」
と、源太郎は権太を見ながらため息を吐いたのを覚えている。
寺に行くことになったのは、驚いた。
それよりも驚いたのは、姉が上の村の三男坊を婿取りすることに同意したことだ。
権太は、姉は十兵衛を好いている、そして信じていると思っていた。
権太同様、必ず帰ってくると信じていると。
それが、なぜ心変わりしたのだろう?
姉は、十兵衛のことを諦めたのだろうか?
権太は許せなかった。
あれ程、十兵衛と姉が一緒になることは嫌だったのに、姉が彼のことを諦めたということが、権太には納得いかなかった。
結局、十兵衛を信じているのは権太だけで、悲しい気持ちとともに、誇らしい気分になった。
―― 信じよう
どんなことがあっても
必ず戻ってくると………………
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