本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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 今度は八郎でなく、義秋のもとにいた弥平次から聞いた話である。

 八郎が、また美濃の楽市に出かけたあと、十兵衛は村に残り色々と考えを巡らせていた。

 たびたび弥平次から遣いが来て、義秋や一乗谷の様子はある程度分かっている。

 義秋は端然としているらしい。

 むしろ家臣団のほうが、義栄に先を越されたと騒いでいるようだ。

 十三代義輝急襲時、京から義秋を助け出した三淵藤英みぶちふじひで一色藤長いっしきふじなが細川藤孝ほそかわふじたか和田惟政わだこれまさらが、盛んに義景に様々な働きかけをしているらしい。

 当然だ。

 次期将軍として、ともに貧しいときも乗り越え、方々を流浪してきたのに、それが無駄骨に終わるかもしれないのである。

 主君の行く末が、自らの行く末である。

 義秋以上に、熱心になるのは頷けた。

 が、義景はのらりくらりとかわしているようだ。

 そんな折り、自ら弥平次がやってきた ―― 米を一表ほど担いで。

「大変であったろう、こんなものを担いで」

「いや、左様には。それに、しばらく厄介になるのに手ぶらではと思い、我が主も厄介になっておるのでと思ってな」

 弥平次は、源太郎たちに食べてくれと、どかりと米俵を下ろした。

 他の家に比べれば、蓄えがないわけではない。

 といっても、余裕があるわけでもない。

 米一表 ―― 何ともありがたい。

「よろしいのですか?」

 と、源太郎は十兵衛を伺う。

 義秋のもとに付いたとはいえ、まだそれほど貰っていないはず。

 従者も多いのに、自分たちがこれほど貰ってはという気持ちがあったが、

「源太郎殿には世話になっておりますので」

 と、十兵衛はにこりと笑ったので、ありがたく頂くことにした。

「して、これはどこで奪ってきたんだ?」

 十兵衛の戯言に、

「公方様がご逗留されておられる寺の蔵から」
 と、弥平次は真面目に答えた。

 源太郎やおえいがぎょっとした顔で米俵を見たので、

「いや、公方様にはちゃんとお断わり申したので、大丈夫です」

 と、これまた至極真面目な顔で言った。

 その夜は、白米の粥だった。

 折角持ってきて貰ったのだからと、源太郎は十兵衛や弥平次に、御代わりを進めた。

「いえいえ、拙者はもう結構。それよりも、皆で召し上がってくだされ。ほれ、権太殿、どうぞどうぞ」

 と、弥平次は、むしろこちらに進めてくれる。

 八郎とは雲泥の差だ ―― 八郎は、貸し借りは嫌だと言いながら、遠慮というものがない………………

 権太は、ちらりと源太郎を見る。

 源太郎は、うんと頷き、自分も二杯目に口を付けた。

 源太郎家族が美味しそうに白米粥を啜るのを嬉しそうに眺めながら、

「それで、向こうはどうだ?」

 と、十兵衛は訊いた。

「いや~、何かと肩身が狭くて」

 義秋の周囲は古参の侍に囲まれ、最近家臣になった弥平次たちへの風当たりが強いらしい ―― 多分召し抱えてもらったときの碌のことがあるのだろう………………あの金があれば今ごろ殿は………………という思いが。

「とはいっても、銭を出してくれたのは朝倉様で、まだ十貫も貰ってないのだがな」

 と、十兵衛はぼやいている。

「その朝倉様のご家臣団からも……」

 冷たい目でみられているらしい ―― こいつらのせいで、我々の食い扶持が減らされる………………と。

「変な役回りをさせて、申し訳ない。もう少し辛抱してくれ、そうすれば……」

「いやいや、そういうの慣れているから別によいのだ。だが、策は早く講じた方がいい、織田が北伊勢を抑えたそうだ」

「なんと!」
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