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第一章「純愛の村」
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が、いつの間にかうとうとしていたらしい。
姉に叩き起こされ、慌てて父の待つ畑へと急いだ。
仕度をする間、姉の様子を伺ったが ―― まだ機嫌が悪いのかと思ったが、意外に上機嫌だった。
昼になり、源太郎と十兵衛とともに、畦に腰掛け、姉が握った粟の握り飯を食べていると、姉が駆けてきて、また和尚さんがやってきたので相手をして欲しいと、父を連れて行った。
十兵衛とふたりきりになった。
彼とふたりっきりになるなんて、随分久しぶりの事だ。
権太は、何を話していいのか分からず、握り飯をちょっとずつ齧りながら、ちらちらと十兵衛の様子を伺っていた。
十兵衛は、すでにひとつの握り飯を平らげ、二つ目に手を伸ばそうとしていたが、不意に気がついたようにそれを権太へと差し出した。
「権太殿、もうひとつ食べますか?」
腹が減って、喉から手が出るほど欲しかったが、権太は気おくれして首を振った。
「うむ、そうか……、まあ、ここに置いておくので、欲しければ食べてくだされ」
十兵衛は、粟の握り飯を権太の傍らに置いた。
二個目も平らげた権太は、傍らの飯が気になって仕方がなかった。
やはり貰おうかと手を伸ばしかけたとき、十兵衛が訊いてきた。
「権太殿は、寺に行きたいですか?」
首を振る。
「では、源太郎殿の跡を継ぐので?」
権太は、考えてもみなかった。
うらは、いったい何になりたいのだろう?
いや、なりたいというか、何になるのか考えてもみなかった。
多分、このまま大きくなり、源太郎の跡を継ぎ、田んぼや畑をいじって、ときに村人の相談にのり、村の行事の音頭をとり、領主と交渉し、十兵衛のような余所者がやってくればその世話をする………………そんな日々が………………いまの日常の延長線上に、少しだけ毛の生えたような暮らしがまっているのだろう?
そして、権太もまた、誰かを嫁にとり、子をなし、その子に跡を継ぎ、隠居して年老いていくのだろう………………か?
十兵衛はどうだったのだろうか?
彼は昔から侍になりたいと、将軍になりたいと思っていたのだろうか?
「拙者ですか?」、尋ねると、十兵衛は寂しげに染まった山々を眺めながら言った、「拙者も、権太殿のような年ごろには、何も考えておらなんだな」
冷たい風が吹き付け、十兵衛の後れ毛が揺れる。
姉に叩き起こされ、慌てて父の待つ畑へと急いだ。
仕度をする間、姉の様子を伺ったが ―― まだ機嫌が悪いのかと思ったが、意外に上機嫌だった。
昼になり、源太郎と十兵衛とともに、畦に腰掛け、姉が握った粟の握り飯を食べていると、姉が駆けてきて、また和尚さんがやってきたので相手をして欲しいと、父を連れて行った。
十兵衛とふたりきりになった。
彼とふたりっきりになるなんて、随分久しぶりの事だ。
権太は、何を話していいのか分からず、握り飯をちょっとずつ齧りながら、ちらちらと十兵衛の様子を伺っていた。
十兵衛は、すでにひとつの握り飯を平らげ、二つ目に手を伸ばそうとしていたが、不意に気がついたようにそれを権太へと差し出した。
「権太殿、もうひとつ食べますか?」
腹が減って、喉から手が出るほど欲しかったが、権太は気おくれして首を振った。
「うむ、そうか……、まあ、ここに置いておくので、欲しければ食べてくだされ」
十兵衛は、粟の握り飯を権太の傍らに置いた。
二個目も平らげた権太は、傍らの飯が気になって仕方がなかった。
やはり貰おうかと手を伸ばしかけたとき、十兵衛が訊いてきた。
「権太殿は、寺に行きたいですか?」
首を振る。
「では、源太郎殿の跡を継ぐので?」
権太は、考えてもみなかった。
うらは、いったい何になりたいのだろう?
いや、なりたいというか、何になるのか考えてもみなかった。
多分、このまま大きくなり、源太郎の跡を継ぎ、田んぼや畑をいじって、ときに村人の相談にのり、村の行事の音頭をとり、領主と交渉し、十兵衛のような余所者がやってくればその世話をする………………そんな日々が………………いまの日常の延長線上に、少しだけ毛の生えたような暮らしがまっているのだろう?
そして、権太もまた、誰かを嫁にとり、子をなし、その子に跡を継ぎ、隠居して年老いていくのだろう………………か?
十兵衛はどうだったのだろうか?
彼は昔から侍になりたいと、将軍になりたいと思っていたのだろうか?
「拙者ですか?」、尋ねると、十兵衛は寂しげに染まった山々を眺めながら言った、「拙者も、権太殿のような年ごろには、何も考えておらなんだな」
冷たい風が吹き付け、十兵衛の後れ毛が揺れる。
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