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第一章「純愛の村」
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その夜、囲炉裏を囲みながら話してくれた ―― 庄屋の屋敷から呼んだ弥平次と、絶妙な頃合いにやってきた八郎も一緒だった。
山崎吉延に仕えているが、まだ末席、そんな自分が家臣を抱えたので加増してくれといっても、他の家臣がうんとは言うまい。
案の定、吉延も首を縦には振らなかった。
では、その上の吉家、またはさらに上の義景に仕官を願い出る手もあったが、先の評定での十兵衛の態度が、他の一門衆や家臣団に不評で、彼らも簡単に頷くことはできまい。
ならばいっその事、さらに上に願い出るかと、頭三つもすっ飛ばして、足利義秋が仮住まいする寺の門を叩いたらしい。
一応、吉延には義秋のところに行くとは伝えた ―― 彼も、まさか本当に行くとは思っておらず、「左様か」程度だったらしい。
「しかし、よくまあ会ってくれましたね」
弥平次は驚いたように言う。
当然だ ―― いまは朝倉氏の庇護を受けているとはいえ、足利将軍家の宗家筋であり、次期将軍にもっとも近い人だ、十兵衛のごとき足軽風情が会える立場にない。
「うむ、清和天皇の皇子、桃園親王(貞純親王)の御子、源経基を始祖とする清和源氏の流れで、美濃の守護職土岐頼貞の孫で明智頼重より数えて十一代目、奉公衆として代々足利様にお仕えいたしました明智氏一族の十兵衛と、その従弟次右衛門でございます、足利将軍様がこちらにご逗留と聞き及び、いざ鎌倉と思い立ち、出仕いたしました、と申したら、一も二もなくあげてくれたぞ」
「お前、またそんな大法螺を……」
と、呆れていたのは八郎である。
「いや、大法螺ではないさ」
十兵衛は自信満々に答えるが、源太郎は首を傾げている。
確か、百姓の出だと言っていたような………………それが、清和源氏の流れをくむ侍とは? まあ、もとは高貴な出でも、いまは没落して百姓をしている家もあるし、都のやんごとなき方々の中には、あの大乱のあと、その高貴な名のせいで、下賤のような仕事もすることができずに、かえって百姓よりも貧しい生活をしているとも聞くので、十兵衛の一族もそんな感じなのだろう。
「それで、足利様には如何様に?」
足利義秋が使っている部屋に通されると、小柄ではあるが、鼻筋の通った、端正な顔つきの、どことなく憂いは帯びているが、利発そうな男が、精一杯の権威を見せつけようとしてか、背筋を伸ばして、凛とした姿で座っていた。
足利宗家ではあり、次期将軍にもっとも近い位置にいながら、将軍になるために方々の有力氏族を頼らなければならない立場から、『貧乏公方』と噂で聞いていた。
「が、足利様、なかなか侮れぬやもしれぬ。できれば、一番敵にまわしたくはない御仁だな」
「ほう、お前がそんなこと言うとはな」
「うむ、血筋がなせるのか、それとも持って生まれたものか、はたまたこれまでの艱難辛苦によるものか、あの御仁、一筋縄ではいくまいて。あの御仁を使って何かしようと思っても、逆にこちらが操られるのではと思う。それを朝倉様は見抜いて、当たり障りのないような対応をされているのではあるまいか?」
それを念頭に置いて、十兵衛は義秋と交渉に入った。
代々将軍家に奉公衆として仕えてきた身ですが、今や落ちぶれ、朝倉様のもとでご厄介になっております、今すぐにでもお傍にお仕えしたいのですが、如何せんご覧のとおりの貧しい身ゆえ、先立つものがございません、家臣も数十人と抱えておりますが、これ以上朝倉様にご迷惑をおかけすることもできずお恥ずかしいあまりでございます、しかし、足利様にお仕えしたいという志は嘘偽りもなく、ここに控えまする次右衛門ほか、数十名の従者ともどもお抱えいただければ、この命に代えましても、義秋様をお守りし、または将軍となるため、身を粉にして働く所存でござりまするのに…………………と、涙ながらに上申したらしい。
「お前、よくそんなおべんちゃらを……、聞いているこっちが恥ずかしくなるな」
「なに、年を取ると、口だけは達者になってね。それで足利様は……」
貧乏なのは余も同じ、お互い苦労するな ―― と、笑っていたという。
が、目は笑っていなかったと、十兵衛は言った。
その後、相分かった、長年奉公衆として仕えてきてくれた一族の忠義と、そなたの余に対する志、しかと受けた、そなたに余の家臣として五十貫をつかわす、まことなら百貫と申したいところだが、この身ゆえ、いましばらく辛抱して欲しい、いずれか将軍となった暁には、奉公衆として百貫、いや、管領としてどこぞの守護を知行しようぞ、よいな、存分に働き、恩に報いよ、と約束したという。
ありがたき幸せと、十兵衛は次右衛門を存分に使ってくれと義秋のもとに残し、意気揚々と戻ってきたというわけである。
それだけなら四、五日で帰ってこれたのだが、義秋との件を吉延や吉家、義景に話すために時を使ったらしい。
吉延は、酷く驚いていたそうだ。
山崎吉延に仕えているが、まだ末席、そんな自分が家臣を抱えたので加増してくれといっても、他の家臣がうんとは言うまい。
案の定、吉延も首を縦には振らなかった。
では、その上の吉家、またはさらに上の義景に仕官を願い出る手もあったが、先の評定での十兵衛の態度が、他の一門衆や家臣団に不評で、彼らも簡単に頷くことはできまい。
ならばいっその事、さらに上に願い出るかと、頭三つもすっ飛ばして、足利義秋が仮住まいする寺の門を叩いたらしい。
一応、吉延には義秋のところに行くとは伝えた ―― 彼も、まさか本当に行くとは思っておらず、「左様か」程度だったらしい。
「しかし、よくまあ会ってくれましたね」
弥平次は驚いたように言う。
当然だ ―― いまは朝倉氏の庇護を受けているとはいえ、足利将軍家の宗家筋であり、次期将軍にもっとも近い人だ、十兵衛のごとき足軽風情が会える立場にない。
「うむ、清和天皇の皇子、桃園親王(貞純親王)の御子、源経基を始祖とする清和源氏の流れで、美濃の守護職土岐頼貞の孫で明智頼重より数えて十一代目、奉公衆として代々足利様にお仕えいたしました明智氏一族の十兵衛と、その従弟次右衛門でございます、足利将軍様がこちらにご逗留と聞き及び、いざ鎌倉と思い立ち、出仕いたしました、と申したら、一も二もなくあげてくれたぞ」
「お前、またそんな大法螺を……」
と、呆れていたのは八郎である。
「いや、大法螺ではないさ」
十兵衛は自信満々に答えるが、源太郎は首を傾げている。
確か、百姓の出だと言っていたような………………それが、清和源氏の流れをくむ侍とは? まあ、もとは高貴な出でも、いまは没落して百姓をしている家もあるし、都のやんごとなき方々の中には、あの大乱のあと、その高貴な名のせいで、下賤のような仕事もすることができずに、かえって百姓よりも貧しい生活をしているとも聞くので、十兵衛の一族もそんな感じなのだろう。
「それで、足利様には如何様に?」
足利義秋が使っている部屋に通されると、小柄ではあるが、鼻筋の通った、端正な顔つきの、どことなく憂いは帯びているが、利発そうな男が、精一杯の権威を見せつけようとしてか、背筋を伸ばして、凛とした姿で座っていた。
足利宗家ではあり、次期将軍にもっとも近い位置にいながら、将軍になるために方々の有力氏族を頼らなければならない立場から、『貧乏公方』と噂で聞いていた。
「が、足利様、なかなか侮れぬやもしれぬ。できれば、一番敵にまわしたくはない御仁だな」
「ほう、お前がそんなこと言うとはな」
「うむ、血筋がなせるのか、それとも持って生まれたものか、はたまたこれまでの艱難辛苦によるものか、あの御仁、一筋縄ではいくまいて。あの御仁を使って何かしようと思っても、逆にこちらが操られるのではと思う。それを朝倉様は見抜いて、当たり障りのないような対応をされているのではあるまいか?」
それを念頭に置いて、十兵衛は義秋と交渉に入った。
代々将軍家に奉公衆として仕えてきた身ですが、今や落ちぶれ、朝倉様のもとでご厄介になっております、今すぐにでもお傍にお仕えしたいのですが、如何せんご覧のとおりの貧しい身ゆえ、先立つものがございません、家臣も数十人と抱えておりますが、これ以上朝倉様にご迷惑をおかけすることもできずお恥ずかしいあまりでございます、しかし、足利様にお仕えしたいという志は嘘偽りもなく、ここに控えまする次右衛門ほか、数十名の従者ともどもお抱えいただければ、この命に代えましても、義秋様をお守りし、または将軍となるため、身を粉にして働く所存でござりまするのに…………………と、涙ながらに上申したらしい。
「お前、よくそんなおべんちゃらを……、聞いているこっちが恥ずかしくなるな」
「なに、年を取ると、口だけは達者になってね。それで足利様は……」
貧乏なのは余も同じ、お互い苦労するな ―― と、笑っていたという。
が、目は笑っていなかったと、十兵衛は言った。
その後、相分かった、長年奉公衆として仕えてきてくれた一族の忠義と、そなたの余に対する志、しかと受けた、そなたに余の家臣として五十貫をつかわす、まことなら百貫と申したいところだが、この身ゆえ、いましばらく辛抱して欲しい、いずれか将軍となった暁には、奉公衆として百貫、いや、管領としてどこぞの守護を知行しようぞ、よいな、存分に働き、恩に報いよ、と約束したという。
ありがたき幸せと、十兵衛は次右衛門を存分に使ってくれと義秋のもとに残し、意気揚々と戻ってきたというわけである。
それだけなら四、五日で帰ってこれたのだが、義秋との件を吉延や吉家、義景に話すために時を使ったらしい。
吉延は、酷く驚いていたそうだ。
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