39 / 498
第一章「純愛の村」
39
しおりを挟む
権太たちは、寺にあがった。
戦と聞いて怯えているのはや年若い女たちで、若衆の親たちは心配そうに辺りをうろうろしており、年寄り連中に至っては、まるで花見でもするかのような様子で、賑わっている。
「腹が減っては戦ができぬ」
と言っては、それぞれの家から持ち寄ったきび餅やあわ餅を頬張りながら、どこに隠していたのか、濁酒など持ち出して、収穫の後の宴のごとく騒いでいた。
「うらの若い頃は、年がら年中戦や狼藉で、こうやって寺に籠ったものや」
「うらももう少し若かったら、落ち武者狩りに行ったのにな」
「おまえ、むかし落ち武者が出たとき、一目散に寺にあがって逃げたやんか」
などと、昔話に華を咲かせている。
あれほど戦には消極的だったのに………………
庄屋や源太郎は村を預かる身、村人の中を忙しく動き回っている。
時々、年寄り連中に掴まり、「そんなに心配しな、おまえらも飲め」と、仲間に引き込まれそうになって困っていた。
子どもたちは、戦や寺上りが初めてで、母親たちに、「動き回るんじゃないよ、じっとしとき」と、頭を叩かれながらも、親の目を盗んでは年寄り連中のところに行き、きび餅等のご相伴に預かっていた。
権太も姉の目を盗み、年寄りからあわ餅を貰って、食べていた。
そこに、和尚がやってきた。
相変わらず、村人に内緒で良いものをたらふく食っているのではないかというほど、ふくよかで、血色が良い。
権太を見つけると、
「ぼうもきたか」
と、酷く嬉しそうだった。
「和尚さんもどうや?」
年寄り連中が濁酒を勧めたが、
「いえいえ、拙僧は出家した身ですから」と、遠慮した、「ところで、ぼうのててごは?」
権太が指さすと、
「おお、おったか」
と、父のところに行ってしまった。
「けっ、生臭坊主が!」
年寄りのひとりが、和尚の背中に向かって毒ついた。
他の連中が、「しっ」と人差し指を口元に持っていったが、みな肩を震わせて笑っていた。
和尚と父は、しばらく話していた。
何を話しているのか分からないが、和尚が口を開くたびに、父はぺこぺこと頭を下げている。
権太は、あわ餅を頬張りながら、しばらく和尚と父の様子を見ていたが、姉に呼ばれて慌てて餅を呑み込み、戻った。
姉のところに行くと、勝手に動くな、明智様が戦っておられるのに、うらは祭り気分で餅なんて食ってどうする、と、小言をいわれた。
普段でもむっとするが、十兵衛の名を出されたので、余計にむかっときた。
うらだって、十兵衛のことを心配しているのに………………。
何か言い返してやろうか、でも、姉のいうとおりなので何も反論できずにいると、父が戻ってきた。
「いや、どうしよう」
と、眉を寄せて悩んでいる。
どうかしたのかとおえいが訊くと、源太郎は権太を見ながら、
「和尚さんが、権太を寺に欲しいと。権太に稚児勧請を受けさせたいと」
話を聞いた姉は、珍しく驚いた様子だった。
稚児勧請って何かと聞こうとしたとき、村中に馬を鞭打つような乾いた音が響き渡った。
銃声だ ―― 山の方から聞こえた。
戦と聞いて怯えているのはや年若い女たちで、若衆の親たちは心配そうに辺りをうろうろしており、年寄り連中に至っては、まるで花見でもするかのような様子で、賑わっている。
「腹が減っては戦ができぬ」
と言っては、それぞれの家から持ち寄ったきび餅やあわ餅を頬張りながら、どこに隠していたのか、濁酒など持ち出して、収穫の後の宴のごとく騒いでいた。
「うらの若い頃は、年がら年中戦や狼藉で、こうやって寺に籠ったものや」
「うらももう少し若かったら、落ち武者狩りに行ったのにな」
「おまえ、むかし落ち武者が出たとき、一目散に寺にあがって逃げたやんか」
などと、昔話に華を咲かせている。
あれほど戦には消極的だったのに………………
庄屋や源太郎は村を預かる身、村人の中を忙しく動き回っている。
時々、年寄り連中に掴まり、「そんなに心配しな、おまえらも飲め」と、仲間に引き込まれそうになって困っていた。
子どもたちは、戦や寺上りが初めてで、母親たちに、「動き回るんじゃないよ、じっとしとき」と、頭を叩かれながらも、親の目を盗んでは年寄り連中のところに行き、きび餅等のご相伴に預かっていた。
権太も姉の目を盗み、年寄りからあわ餅を貰って、食べていた。
そこに、和尚がやってきた。
相変わらず、村人に内緒で良いものをたらふく食っているのではないかというほど、ふくよかで、血色が良い。
権太を見つけると、
「ぼうもきたか」
と、酷く嬉しそうだった。
「和尚さんもどうや?」
年寄り連中が濁酒を勧めたが、
「いえいえ、拙僧は出家した身ですから」と、遠慮した、「ところで、ぼうのててごは?」
権太が指さすと、
「おお、おったか」
と、父のところに行ってしまった。
「けっ、生臭坊主が!」
年寄りのひとりが、和尚の背中に向かって毒ついた。
他の連中が、「しっ」と人差し指を口元に持っていったが、みな肩を震わせて笑っていた。
和尚と父は、しばらく話していた。
何を話しているのか分からないが、和尚が口を開くたびに、父はぺこぺこと頭を下げている。
権太は、あわ餅を頬張りながら、しばらく和尚と父の様子を見ていたが、姉に呼ばれて慌てて餅を呑み込み、戻った。
姉のところに行くと、勝手に動くな、明智様が戦っておられるのに、うらは祭り気分で餅なんて食ってどうする、と、小言をいわれた。
普段でもむっとするが、十兵衛の名を出されたので、余計にむかっときた。
うらだって、十兵衛のことを心配しているのに………………。
何か言い返してやろうか、でも、姉のいうとおりなので何も反論できずにいると、父が戻ってきた。
「いや、どうしよう」
と、眉を寄せて悩んでいる。
どうかしたのかとおえいが訊くと、源太郎は権太を見ながら、
「和尚さんが、権太を寺に欲しいと。権太に稚児勧請を受けさせたいと」
話を聞いた姉は、珍しく驚いた様子だった。
稚児勧請って何かと聞こうとしたとき、村中に馬を鞭打つような乾いた音が響き渡った。
銃声だ ―― 山の方から聞こえた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
1333
干支ピリカ
歴史・時代
鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。
(現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)
鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。
主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。
ご興味を持たれた方は是非どうぞ!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
大航海時代 日本語版
藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった―――
関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した
それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった
―――鎖国前夜の1631年
坂本龍馬に先駆けること200年以上前
東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン
『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです
※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝
糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。
その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。
姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる