本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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 権太たちは、寺にあがった。

 戦と聞いて怯えているのはや年若い女たちで、若衆の親たちは心配そうに辺りをうろうろしており、年寄り連中に至っては、まるで花見でもするかのような様子で、賑わっている。

「腹が減っては戦ができぬ」

 と言っては、それぞれの家から持ち寄ったきび餅やあわ餅を頬張りながら、どこに隠していたのか、濁酒どぶろくなど持ち出して、収穫の後の宴のごとく騒いでいた。

「うらの若い頃は、年がら年中戦や狼藉で、こうやって寺に籠ったものや」

「うらももう少し若かったら、落ち武者狩りに行ったのにな」

「おまえ、むかし落ち武者が出たとき、一目散に寺にあがって逃げたやんか」

 などと、昔話に華を咲かせている。

 あれほど戦には消極的だったのに………………

 庄屋や源太郎は村を預かる身、村人の中を忙しく動き回っている。

 時々、年寄り連中に掴まり、「そんなに心配しな、おまえらも飲め」と、仲間に引き込まれそうになって困っていた。

 子どもたちは、戦や寺上りが初めてで、母親たちに、「動き回るんじゃないよ、じっとしとき」と、頭を叩かれながらも、親の目を盗んでは年寄り連中のところに行き、きび餅等のご相伴に預かっていた。

 権太も姉の目を盗み、年寄りからあわ餅を貰って、食べていた。

 そこに、和尚がやってきた。

 相変わらず、村人に内緒で良いものをたらふく食っているのではないかというほど、ふくよかで、血色が良い。

 権太を見つけると、

「ぼうもきたか」

 と、酷く嬉しそうだった。

「和尚さんもどうや?」

 年寄り連中が濁酒を勧めたが、

「いえいえ、拙僧は出家した身ですから」と、遠慮した、「ところで、ぼうのててごは?」

 権太が指さすと、

「おお、おったか」

 と、父のところに行ってしまった。

「けっ、生臭坊主が!」

 年寄りのひとりが、和尚の背中に向かって毒ついた。

 他の連中が、「しっ」と人差し指を口元に持っていったが、みな肩を震わせて笑っていた。

 和尚と父は、しばらく話していた。

 何を話しているのか分からないが、和尚が口を開くたびに、父はぺこぺこと頭を下げている。

 権太は、あわ餅を頬張りながら、しばらく和尚と父の様子を見ていたが、姉に呼ばれて慌てて餅を呑み込み、戻った。

 姉のところに行くと、勝手に動くな、明智様が戦っておられるのに、うらは祭り気分で餅なんて食ってどうする、と、小言をいわれた。

 普段でもむっとするが、十兵衛の名を出されたので、余計にむかっときた。

 うらだって、十兵衛のことを心配しているのに………………。

 何か言い返してやろうか、でも、姉のいうとおりなので何も反論できずにいると、父が戻ってきた。

「いや、どうしよう」

 と、眉を寄せて悩んでいる。

 どうかしたのかとおえいが訊くと、源太郎は権太を見ながら、

「和尚さんが、権太を寺に欲しいと。権太に稚児勧請を受けさせたいと」

 話を聞いた姉は、珍しく驚いた様子だった。

 稚児勧請って何かと聞こうとしたとき、村中に馬を鞭打つような乾いた音が響き渡った。

 銃声だ ―― 山の方から聞こえた。
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