本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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 翌朝、十兵衛は早く起き、村の男衆を集めて言った。

「戦をやります」

 唐突なことに、男たちは目を白黒させていた。

「い、戦!」、素っ頓狂な声をあげた、「どこか攻めてくるんか?」

「いえ、こちらから攻めます」

 再び可笑しなことをいうので、男たちは逆に笑い出してしまった。

「攻めるってどこへ?」

「上の村か? それとも一乗谷か?」

「いやいや、加賀やろう、それとも美濃か?」

「京もあるがの」

 戯言のつもりで、笑いも起こったが、

「それはいいですね」

 と、十兵衛はむしろ真剣な面持ちだった。

「ほ、ほんまに都を攻めるんか?」

「いえいえ、それは戯言ですが、その気持ちを持って、この山に出ている足軽どもを蹴散らしましょう」

 戦に負け、落ち武者となった連中は戦意を喪失し、気力、体力ともに下がっている。

 将たるものもいないので、集団で攻めれば仕留めることができる。

 足軽たちが気力、体力ともに回復し、纏まりを持って動き出す前に、先手を打つ。

 それが、十兵衛の考えだった。

「この地を知る我らが有利です。向こうが攻めてきて山や寺に籠るよりは、こちらからそうそうに打って出てかたを付けましょう」

 年寄り連中は消極的だったが、若い村人たちは十兵衛の意見に賛同した。

「田畑を荒らされたら元も子もない」

 と、最終的に、十兵衛を頭として十名ほどで落ち武者退治へと向かう算段となった。

 早速、若衆は刀や弓矢を持って、十兵衛が定宿としている源太郎の屋敷へとやってきた。

 余裕がある者は、同丸を着けている。

 庭の物々しい雰囲気に、権太は聊か興奮した。

 男たちはみな一様に頬を紅潮させ、いまから落ち武者狩りに行くというのに、まるで祭りで神輿を担ぐように楽しそうな按配で、その中で男たちに指示をだす十兵衛が一際輝いて見えて、権太にはまるで将軍のように見えた。

 実際、将軍がどんな人か分からないが、きっといまの十兵衛みたいな人をいうのだろうと思った。

 自分も、男たちの中に交りたい。

 十兵衛の傍にいたいと思った。

 だが、子どもは危ないし、邪魔だからどっかに行ってろと、姉に邪険にされた。

 その癖自分は、十兵衛の傍にいて、男たちのために握り飯を作ったりと忙しく働いている。

 普段は、村の男には一切見せたことのない笑顔を振りまいている。

 嫌らしいと、権太は思った。

 十兵衛は、男たちに銃の扱い方を教えた。

 そして、それを自分が持つのではなく、ひとりの若者に預け、常に自分の傍に居るように言った。

 線の細い、背のちっこい、見るからに弱そうな男である。

 なんでこんな男に火縄を持たせるんだろう、それならうらがと………………、誰もが目新し武器を持ちたがっていた。

 銃を渡された男も、なぜうらが………………と不思議そうで、重大な役目を負わされ、幾分顔が引きつっていた。

「こちらが山に入ったときに、逆に裏をかかれるやもしれません。他は、寺にあがったほうがいいでしょう」

 村が攻められたときは、近くの山や寺に逃げ込むことがある。

 寺は、村人の心のよりどころだけでなく、命を守る要害ともなるのだ。

 十兵衛は、若衆に作戦をつげ、それぞれの細々とした動きを教えた後、和尚に話をするため寺へと向かった。
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