本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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「美濃の城が落ちたようで」、権太やおえいの心情をよそに、十兵衛は白湯を啜りながら山崎家で聞いてきたことを話した、「それで、そこにいた足軽連中がここまで逃げてきているようなのですよ」

 つい先日、美濃の城が落ちたと、一乗谷に知らせがあったらしい。

 落ちた城は、稲葉山城らしい。

 稲葉山城は、美濃国井之口にある山城で、建仁元(1201)年に二階堂行政にかいどうゆきまさが砦を築いたのがはじまりとされる。

 十五世紀ごろに廃城になっていたのを、当時美濃の守護代であった斎藤利永さいとうとしながが修復し、以後斎藤氏の居城となるが、長井長弘ながいながひろ松波庄五郎まつなみしょうごろうの謀反で長井氏のものとなり、庄五郎の子であった新九郎が城主となり、山城を築いた。

 松波新九郎、または長井新九郎こと、斎藤道三さいとうどうさんである。

 その後は、道三の息子、義龍よしたつ、孫の竜興たつおきが治めたが………………

「尾張の織田氏に攻め落とされたそうです」

 斎藤氏に雇われていた足軽連中が主を失い、ここまで逃げてきているそうだ。

 方々の村からも知らせが入り、一乗谷では警戒するようにお達しが出ているとのこと。

 十兵衛は、もともと各地を転々とした身から、美濃の斎藤氏のことや尾張の織田氏のこと、そのほか諸々、山崎吉延から聞かれたらしい。

 で、鉄砲を借りに行くついでに、それを朝倉義景にも話してくれと、一乗谷まで一緒に行っていたらしい。

「まあ、拙者などが話すまでもなく、朝倉様も織田や斎藤のことはよくご存知でしたが」

 一乗谷に赴くと、義景だけでなく、一族、家臣団も集まっていたらしい。

 そこで、美濃の現状や織田家の状況、今後の情勢について評定されていた。

 十兵衛は、それを山崎吉延の後ろで黙って聞いていたらしい。

 越前朝倉氏は、斯波しば氏に仕えた朝倉広景あさくらひろかげにはじまる。

 二代目の高景たかかげが越前宇坂荘などの地頭を命じられたことから、越前に根を下ろし、勢力を拡大していくことになる。

 やがて七代目孝景たかがけによって越前を平定、守護代に命ぜられるまでになった。

 もともと越前は、朝倉氏の主家であった斯波氏が守護を務めていたが、それを乗っ取る形になったのだから、朝倉氏こそ、戦国時代の習わしである下剋上を体現した一族であった。

 ちなみに七代目孝景は、公家や寺社の所領を良く押さえたことから、彼らから、「天下一の極悪人」とか、「天下悪事始業の張本人」とまで言われたらしい。

 応仁の乱を生きぬいた孝景からすれば、権威など糞の役にも立たん、ただ座っているだけで飯が食える世の中だと思うなよ、越前を平定したのは我の実力じゃと、鼻にもかけなかったことであろう。

 このあと、朝倉家は越前を良く治め、繁栄していく。

 それには、七代目孝景の八男であった教景のりかげ ―― 朝倉宋滴そうてきの存在が大きい。

 朝倉八代目は孝景の嫡男氏景うじかげであったが、宋滴はこれを良く補佐し、氏景亡き後、九代目貞景さだかげ、十代目孝景たかかげ、そして現当主義景に仕えた。

 実際は、宋滴が朝倉家の当主といっても過言ではなかった。

 内政、外交、戦においても随一であり、他の一門衆や家臣団も優秀ではあったが、宋滴は頭ひとつ、いや、二つ、三つ抜きんでていた。

 そのためか、彼が亡くなってから朝倉を取り纏める者がなく、一族・家臣も浮き足立っている。

「それぞれの器量は高いとは思います。が、それを上手く纏める者がいないのが、いまの朝倉家の残念なところです」

 十兵衛は、出された椀を口に運びながら言った。

 源太郎は、十兵衛の次の言葉を待っている。

 庄屋とともに村を守らなければならない。

 戦になれば、村から兵役や荷方を出さなければならないだろう。

 朝倉家の存亡が、村の行く末を決める。

 現当主や一族、家臣らの力量を気にするのも頷ける。

 権太も、十兵衛の話を真剣に聞いている。

 彼にはまだ政は分からない。

 ただ、十兵衛が帰ってきたことが嬉しくて、傍に居たくて、真剣に話を聞いているふりをしているだけだ。

 姉は、十兵衛の傍で、ときより意味深な視線を向けながら世話をしている。
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