本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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「まあ、確かに……」

 足軽を経験したことのある十兵衛は、何とも複雑な表情だ。

 村人の言葉どおり、たちが悪い ―― 合戦があるときだけ参加する農兵や、金で雇われた雑兵とは違う、戦闘のために領主に雇われ、日ごろから訓練された歩兵部隊だ ―― というのは、極一部だけで、あとは山賊や海賊と変わりなない。

 いや、山賊や海賊の方が、首領に従い、妙に統制が執れている分ましだ。

 足軽は、てんでばらばら、好き勝手にやり放題。

 合戦になっても、敵の陣地を襲撃するのではなく、近くの村を襲い、乱捕り、分捕り、掻っ攫い、人攫いの悪逆の限りを尽くす。

 収穫間近の稲は根こそぎ刈り取られ、畑は踏みつけられ、荒らされ、家の中の目ぼしいものは略奪され、男は奴隷として売られ、女子どもは慰みものにされる。

 さきの大乱のときは、都の寺社仏閣にまで乱入し、略奪の限りを尽くしたらしい。

 一応は、「なになにすべからず」と、足軽に厳しいお達しをする領主や大将もいるのだが、馬の耳になんとかで、まだ人の言うことを聞く馬の方がましだと言われる始末で、むしろ領主や侍大将のなかには、敵の戦意や補給を断つため、彼らの領地の村で足軽に好き勝手やらせるものもいる。

 とは言っても、村も黙ってなすが儘のわけにもいかず、自衛として若衆に刀を持たせたりするが、欲望丸出しの足軽連中にはかなわず、仕方なく金品などの高価なもの(といっても、そんなに高価なものなどほとんどないのだが)は見つからないように土中に埋め、合戦がやむまで村人たちは近くの山や寺に籠るのであった。

 兎も角、足軽が襲ってきては、村ひとつ潰れかねない。

「ここ数年静やったんやけど。この村も、むかしは酷くて……」

 ひと昔前は、乱捕り、分捕り、人攫いは日常茶飯事だったらしい。

 そこに更に、二重取りもあったらしい ―― もともとは下級貴族の荘園で、本来なら年貢はそこへ納めるのだが、そこを実質支配していた地頭が暴力にものを言わせて年貢を要求したので、普段払う二倍の年貢を納めなくてはならなかった。

 貴族の力が弱まり、武家の時代になっていくと、このような税の二重取りも普通に行われ、足軽たちの横暴に加え、天災が二重、三重にと襲い、この時代の百姓は、生きていくことすらままならなかった。

 が、それもここ数年ようやく落ち着いてきたそうだ。

「いまの殿様や一の谷の殿様のお蔭で、この辺りも随分静かになったやけど、足軽が出るなんて、どない按配や?」

「もしや、どこかの領主が攻めてくるんやないか?」

 庄屋の言葉に、皆が騒然となった。

「どないすんのや、庄屋さん?」

「どないするって、言われてもな……」

 村人たちは、あれやこれやと騒ぎ立てる。

 が、妙案が浮かぶはずもなく、ただわいわいと騒いでいるだけ。

 源太郎は、それを横目に十兵衛を見た。

 やはり、こんなときに頼れるのは十兵衛だけだ。

 他の村人もそう思ったようだ。

 いつしか口を塞ぎ、じっと十兵衛を見ていた。

 十兵衛は、何やら考え込んでいた。

 腕を組み、じっと床を見つめていたが、源太郎や村人に見られているのに気が付くと、はっと我に返ったように、

「まあ、なるようになるでしょう」

 と、何とも頼りないことを言った。

「なるようになるって……」

 庄屋は不満そうな顔で言い返そうとしたが、十兵衛に遮られた。

「拙者は、ちょっと山崎様のところに行ってみましょう。何か知らせが届いておるやもしれませんし。ついでに、薬も取ってきます」

 そのまま領主のもとへと行くため、村を出た。
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