本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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「それにしても、この度はありがとうございました」

 源太郎は、村人を代表して頭を下げた。

「いえいえ、拙者は何も」

 十兵衛は顔の前で手を振る。

「とんでもございません。明智様のお蔭で、何とか命を長らえることができました」

「拙者のお蔭かは別にして、村の役に立てて良かった。いや~、まことに水が引けるか一時はやきもきしましたが、何とかできましたな。これも、みなが力をあわせたお蔭です」

「いえ、明智様がいればこそでございます」

 十兵衛は、「いやいや」と言いながらも、嬉しそうに白湯を啜った。

「ところで……、どこであのような術を? 水を引いてくださるだけでなく、薬のことまでご存知とは?」

「いや、年をとれば、ままに身に付きますよ」

「御冗談を」

 十兵衛と源太郎は笑う。

「まあ、本音を言うと、食うためですな」、十兵衛は静かに言った、「良き主人に仕えようと方々を回りましたが、いや~、先立つものがないとこれまた、で、食うためにと、様々なことをしまして。それと、様々なことを身に着けていると、これがなかなか受けが良くてですね」

 現主人の山崎吉延とは、その知識と技術のひとつが切っ掛けで出会い、仕えるようになったらしい。

「左様でしたか」

「長かったですが、流浪の暮らしも悪くはなかったですな、うむ」

 十兵衛は、ひとり納得したように頷いた。

 傍らで聞いていたおえいも、うんうんと頷いている。

 姉の媚びるような笑顔が、権太にはどうしても受け付けなかった。

「いまも、こうやって一所に落ち着いておりますが、ときおり無性に遠くに行きたい衝動をかられますな」

「おやおや、それではまた何れかへ行かれるので?」

「いや~、流石に齢も四十近くになりましたので、もう落ち着かないと。ここいらで落ち着いて、将軍は無理でも、城持ちぐらいにはならないとですね」

 そのあと、いつ帰るのかという話になった。

 十兵衛は明日にでもという。

「そんなにお急ぎにならなくても」

「いや~、色々とやるべき事が溜まっておりまして。ご覧のとおり、不調法ものですから」

 十兵衛はからからと笑う。

 源太郎は、残念そうな顔をする。

 権太も残念だ。

 一番残念そうな顔をしていたのは、姉だった。

「まあ、たまには様子を見に来ますので」

 十兵衛は慰めのつもりで言ったのだろうが、権太はそれをあてにした。

 おえいも同じようだ、沈んでいた顔が、焚き火が爆ぜるようにぱっと明るくなった。
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