本能寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
15 / 498
第一章「純愛の村」

15

しおりを挟む
 それから十日あまりして、川に水が戻り、田畑が陽光に照らされ、きらきらと輝き始めた。

 例年の収穫量よりは減るだろうが、何とか年貢は納められそうだ。

 飢えもしのげるだろう。

 これも明智様のおかげだと、あれ程罵っていた連中も、裏を返すように十兵衛を称えた。

 若衆から聞いた話によると、十兵衛は本当に自ら鍬を使い、溝を掘ったらしい。

 しかも、他の者には都度都度休ませながら作業をさせていたが、自分は休むことなく、村人が昼飯にしましょう、休みましょうと声をかけないと、永遠に掘り続けるぐらいの勢いだったらしい。

 さらに驚かされたのは、その豊富な知識と技術らしい。

 山の形をざっと見て、何やら棒切れを組み合わせたようなもので、さっと地形を確認し、帳面にごそごそと書きつけ、ひとしきり悩んだ後、ここからあそこまではこのぐらいの傾斜でなどと指示を出していたらしい。

 それだけでなく、怪我をした者には、この薬草が良いとか、足を捻った者がいれば、この薬草を煎じてと話をしたらしい。

 村人も、ある程度薬草の知識はある。

 親から子、子から孫へと受けつがれたもので、どういう按配でそうなるのか分からないが、切り傷にヨモギを揉んで塗り込めば、なるほどよく血が止まる。

 それは、あくまで長年の経験の蓄積だ。

 十兵衛のは、それよりも詳しいらしい。

 試しに、最近子どもが生まれたという男が、女房の産後の肥立ちが悪いが、何か良い薬はあるかと聞いたらしい。

 すると十兵衛は、子どもを産んだ時の状況を色々と尋ねたが、男は自分が産んだわけではく、どういう状況か分からないのでと答えると、一度女房に会ってみようとなった。

 作業が終わって、その女や出産に立ち会った老婆たちから話を聞くため、その男の家に赴いた。

 で、

「どのぐらい血が出ましたか?」

 とか、

「もともと月のものはどうでしたか? 乱れていませんでしたか?」

 とか、

「普段はどんなものを食べてますか?」

 などと詳しく尋ね、それを帳面に書き取って、しばし考え込んだあと、

「それならば、トウキ、シャクヤク、あとは……、うむ、これは一度拙宅に帰って薬をもってこないといけないな。申し訳ないが、二、三日待ってください」

 と、不意に村から出ていった。

 本当に二、三日帰ってこなかったので、ひどく心配した。

「もしかして、水を引くことができずに逃げたんやないか?」

 と、村人は噂し合った。

 若衆から、十兵衛はどこに行った、十兵衛を匿っているのではないかと、権太の家まで来て源太郎に詰め寄った。

 源太郎は、十兵衛は女のために薬を取りに行っているので、ここにはいない、逃げたわけでもないと断言したが、その実、源太郎自身も、やはり別の川から水を引くのは無理で、困って途中で逃げたのではないかと疑っていた。

 権太は信じていた。

 十兵衛が必ず戻ってくると。

 いや、戻ってきてほしいと。

 それは信用というよりも、願望に近かった。

 姉も、権太と同じようだ。

 そんなとき、権太は姉を心強いと思うのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

1333

干支ピリカ
歴史・時代
 鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。 (現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)  鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。  主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。  ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝

糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。 その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。 姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...