本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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 それから十日あまりして、川に水が戻り、田畑が陽光に照らされ、きらきらと輝き始めた。

 例年の収穫量よりは減るだろうが、何とか年貢は納められそうだ。

 飢えもしのげるだろう。

 これも明智様のおかげだと、あれ程罵っていた連中も、裏を返すように十兵衛を称えた。

 若衆から聞いた話によると、十兵衛は本当に自ら鍬を使い、溝を掘ったらしい。

 しかも、他の者には都度都度休ませながら作業をさせていたが、自分は休むことなく、村人が昼飯にしましょう、休みましょうと声をかけないと、永遠に掘り続けるぐらいの勢いだったらしい。

 さらに驚かされたのは、その豊富な知識と技術らしい。

 山の形をざっと見て、何やら棒切れを組み合わせたようなもので、さっと地形を確認し、帳面にごそごそと書きつけ、ひとしきり悩んだ後、ここからあそこまではこのぐらいの傾斜でなどと指示を出していたらしい。

 それだけでなく、怪我をした者には、この薬草が良いとか、足を捻った者がいれば、この薬草を煎じてと話をしたらしい。

 村人も、ある程度薬草の知識はある。

 親から子、子から孫へと受けつがれたもので、どういう按配でそうなるのか分からないが、切り傷にヨモギを揉んで塗り込めば、なるほどよく血が止まる。

 それは、あくまで長年の経験の蓄積だ。

 十兵衛のは、それよりも詳しいらしい。

 試しに、最近子どもが生まれたという男が、女房の産後の肥立ちが悪いが、何か良い薬はあるかと聞いたらしい。

 すると十兵衛は、子どもを産んだ時の状況を色々と尋ねたが、男は自分が産んだわけではく、どういう状況か分からないのでと答えると、一度女房に会ってみようとなった。

 作業が終わって、その女や出産に立ち会った老婆たちから話を聞くため、その男の家に赴いた。

 で、

「どのぐらい血が出ましたか?」

 とか、

「もともと月のものはどうでしたか? 乱れていませんでしたか?」

 とか、

「普段はどんなものを食べてますか?」

 などと詳しく尋ね、それを帳面に書き取って、しばし考え込んだあと、

「それならば、トウキ、シャクヤク、あとは……、うむ、これは一度拙宅に帰って薬をもってこないといけないな。申し訳ないが、二、三日待ってください」

 と、不意に村から出ていった。

 本当に二、三日帰ってこなかったので、ひどく心配した。

「もしかして、水を引くことができずに逃げたんやないか?」

 と、村人は噂し合った。

 若衆から、十兵衛はどこに行った、十兵衛を匿っているのではないかと、権太の家まで来て源太郎に詰め寄った。

 源太郎は、十兵衛は女のために薬を取りに行っているので、ここにはいない、逃げたわけでもないと断言したが、その実、源太郎自身も、やはり別の川から水を引くのは無理で、困って途中で逃げたのではないかと疑っていた。

 権太は信じていた。

 十兵衛が必ず戻ってくると。

 いや、戻ってきてほしいと。

 それは信用というよりも、願望に近かった。

 姉も、権太と同じようだ。

 そんなとき、権太は姉を心強いと思うのだ。
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