本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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 翌日、十兵衛は上の村に行くと、昼頃には上の庄屋を連れてきて戻ってきた。

 そして、十兵衛仲立ちのもと荘三郎と話し合いをさせ、水を引くためにそれぞれの村から何人だすと約束させ、帰らせた。

 どんな手段を使って、あの頑固者の上の庄屋を説得したのか、源太郎たちは知りたがったが、

「さて、明日から忙しくなりますよ」

 と、十兵衛は腹ごしらえをすると、早々に床に就いてしまった。

 次の日から、十兵衛は村の若い衆を連れ、山に入った。

 朝早く、おえいの握り飯を持って山に行き、夜遅く泥まみれになって帰ってきた。

「いや~、流石に久しぶりに鍬を使うと疲れますな。体のあちこちが痛いですよ」

 おえいに足を洗ってもらいながら笑う。

「自ら鍬を使われるので?」

 源太郎が驚いて聞くと、十兵衛は然も当然のごとく頷く。

 本当に不思議な人である。

 普通、領主の遣いといっては威張っている輩が多く、村人を顎で使うような連中ばかりなのだが、その村人と一緒に溝堀をしている。

 しかも………………、

「おえい殿、申し訳ないが、明日から稗の握り飯にしてくだされ」

 おえいは驚いた顔を向ける、自分の作った握り飯は口にあわぬのかと悲しげに問うと、

「いえいえ、決して滅相もない。おえい殿の握り飯は大変美味い。美味いが……」、十兵衛は困ったように笑った、「他の者に申し訳なくて」

 村人は稗の握り飯だけなのに、自分は白米の握り飯では何とも居心地が悪いと、自分も村人と同じものを食べたいと。

 しかし、村のために力添えをしてくだされる方に、粗末なものは食べさせられないとおえいは伝え、源太郎も「それでは逆に私どもが、明智様に申し訳なく存じます」と話したが、

「そのお気持ちだけで結構です。同じ働きをしているのに、飯が違っては村人たちも良い気はしないでしょうし、仕事がおろそかになるやもしれません。それに拙者、稗や粟のほうが慣れておりますので」

 と、けらけらと笑った。

 そこまで気にしなくても大丈夫だと思うのだが、十兵衛には十兵衛の考えがあるのだろう、源太郎はおえいに「明智様の言うとおりに」と言い、おえいも渋々従った。

「あと、もう一つ……」

「まだ、何か?」と、源太郎は訊く。

「足を洗ってもらうのは大変ありがたいのですが、明日からはそれも……」

 だが、おえいはそれだけは頑なに拒んだ。

「いや、それは申し訳ないので。おえい殿を召使のように使っているみたいで」

 おえいは首を激しく振る、これは自分がしたくてしていることだ、だから明智様の足を洗わせてくださいと目元を潤ませて懇願する。

 十兵衛は、聊か困って源太郎に顔を向けた。

 源太郎は、娘に止めるように言い聞かせたが、おえいはいやだいやだと駄々っ子のように言うことを聞かない。

 挙句、明智様のお世話をしろと言ったのは父ではないかと責める始末。

 仕方なく、

「明智様、大変申し訳ございませんが、娘の我儘に付き合ってはいただけませんでしょうか?」

「うむ……」と、十兵衛は困り顔でおえいを見下ろした。

 おえいは頬をうっすらと染め、潤んだ瞳で十兵衛を見つめる。

「それなら……」

 とうとう十兵衛のほうが根負けしてしまった。

 おえいの顔がぱっと明るくなり、またいそいそと男の足を洗い始めた ―― まるで、自ら産んだ赤子を慈しむように。

 権太は、嫌らしいとおえいを睨んだ。
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