本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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「ところで……、明智様は、その……、何時ごろから殿様のご家来で?」

 いままで、明智という名は聞いたことがない。

 本当に領主の家臣だろうかという不安も無きにしもあらず。

 そんなことを本当の家臣に訊くなら失礼だろうし、武士なら怒るだろう。

 だが、十兵衛は特段気にすることなく、あっけらかんと答えた。

「ここ半年のことです」

 十兵衛は、いまの領主に出会うまでのことをつぶさに話してくれた。

「美濃で百姓をやっておりましたが……」

 男として生まれたのだから、一生に一度大きなことをやってみよう、「そうだ将軍になろう」などという、途方もない一大決心をして、とある土豪の足軽になったという。

「ですが、その城が墜ちてしまいまいて……」

 いまさら百姓に戻る気もない。

 が、次の仕官先もない。

「で、浪人となって仕え先を探したのです」

 東は総武、奥州まで足を伸ばし、西は海を渡って鎮西まで歩き回ったそうだ。

「されど、先ほども申しましたが、拙者、不調法なものですから、なかなかお仕えできずにおりましたところ、山崎様に拾われました」

 この一帯を取り仕切るのは山崎吉延やまざきよしのぶである。

 越前を治める朝倉氏(現当主義景)の有力家臣山崎家の次男である。

 山崎家現当主は長男の吉家よしいえで、朝倉貞景・孝景・義景と三代に渡り名参謀として朝倉家を支えた朝倉宗滴あさくらそうてき亡き後、朝倉家の外交部門を担っている。

 その弟である吉延とひょんなことから出会い、意気投合したらしい。

「ようやく足軽大将としてひと心地ついたかと思ったら、最早齢も四十を目前にしておりましたわ」

 と、十兵衛は笑った。

 この人、もう四十近くなのかと権太は驚いた。

 どうみても、まだ二十代そこそこ。

 権太の父、源太郎はまだ三十を少し超えたばかり、それなのに十兵衛よりも年上に見える。

 庄屋の荘三郎は言わずもがな………………三十というのに、すでに年寄りだ。

「もう四十ですか? それにしてはお若い」

「そうでござるか? うむ、苦労知らずだからでしょうな」

 十兵衛は、またからからと笑った。

 百姓から足軽になり、初めて仕えた城が墜ち、それから数十年浪人をしたのだから、苦労知らずとは言えぬのだが………………

「なに、苦労を苦労と思わぬのです。苦労を楽しむのです。とすると、苦労も楽になって、意外に容易たやすく道が開けるものです。苦労を苦労だと思うと、まことに重たい荷物を担いでいるような気になって、泥濘に足を取られたようで、なかなかそこから抜け出せなくなるものでございます」

「はあ……、左様でございますか」

 源太郎は、分かったのか、分からないのか、曖昧な返事をした。

 権太も、よく意味が分からない。

 姉だけは、まるで理解したように十兵衛に笑顔を向けている。

 権太は、姉の媚びるような笑顔を嫌らしいと思いながら、枯れ木をぱきりと折り、囲炉裏へと投げ入れた。

 ぱんと爆ぜると火が燃え盛り、十兵衛と姉の白い顔を照らし出した。

 一瞬、男と女が見つめ合っているように見えた。

 火はすぐに大人しくなり、十兵衛たちの顔は闇に消えた。
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