本能寺燃ゆ

hiro75

文字の大きさ
上 下
5 / 498
第一章「純愛の村」

しおりを挟む
 粥を啜ったあと、源太郎は白湯をすすめた。

 十兵衛は頷く。

 源太郎は、傍に控える女に促す。

 女は、囲炉裏の自在鉤にかかった鍋から酌で湯を汲むと、十兵衛の椀に注ぎいれた。

「忝い」

 十兵衛が笑顔を向けると、女もそれに笑顔で答えた。

 たき火のせいか、頬が少し染まっているように見える。

 権太は、頬を赤らめる女を嫌らしいと思った。

 娘は、権太の姉 ―― 〝えい〟である。

 九つも離れた姉で、姉というよりももうひとりの母親のようだ。

 世話焼きなところがあり ―― といっても、過保護なそれとは違い、母親がいない分、自が家を盛り立てないといけないという義務感のようなもので、幾分鬱陶しいことがある。

 顔立ちは、これまた消えた女の血を色濃く引いているのか、恐ろしいほど酷く整っていて、逆に村の若衆が気おくれして声をかけないほどだ。

 なかには強者が声をかけるが、にべもなく断られる。

 山添のべっぴんさん姉妹などと言われる ―― 山添は、権太の家が山のすそ野に近いところにあるからだ。

 べっぴんさんだと、言うまでもなく女子衆からは嫉妬の嵐、村の若衆全員と交合たとか、自分の好きな若衆を盗られたと、悪口が絶えない。

 袖にされた男たちも、面白がって口にする。

 見向きもされない腹いせにと、具合の悪い女だったとか、まるで丸太を抱いているようだったとか、あることないこと口にする。

 噂だけならいいが、その腹いせが権太にくることもあった。

 そのせいで、仲は悪くはない姉弟ではあったが、権太はおえいに幾分含むところがあった。

 十兵衛は白湯で椀をすすぎ、その残り汁をすっと啜ると、ひと心地ついたのか、話し始めた。

「殿は、この度の事態を大変ご憂慮あそばされておられる」

 その割には対応が遅いと、源太郎は不服そうな顔をしていたのだろう、十兵衛は言い訳のように付け加えた。

「いえ、旱はこの村だけではなく領内全体で、それで方々から嘆願や訴状がだされ、殿もこの村だけを特にとは出来ぬのです」

「それは重々承知でございますが……、こちらも今日か明日かという身ですので。再三の庄屋の訴えにも耳をおかしいただく所存もなく……」

「そのようなことはない」、十兵衛は断言した、「殿は以前よりご承知で、拙者に差配せよとご下命があったのだが、何せ見てのとおり不調法なものですから、他の村の始末をつける段取りに手間取ってしまって、これは拙者の不手際で、断じて殿がこの村のことをお忘れになっておったとかそういうことではない。大変申し訳ない」

 十兵衛が頭を下げるのを見て、源太郎は慌ててそれを止めた。

「滅相もございませぬ。頭をお上げ下され。明智様が来ていただいただけでも、大層助かりまする」

「それはようござった」

 と、十兵衛は、見ているこちらが恥ずかしくなるような笑顔を寄越した。

 それを姉は、うっとりとした表情で見ている。

 姉がこんな顔をするのは珍しい。

 村の男に言い寄られても、こんな表情はしない。

 それがどんなに良い男でも、つんと澄ましたような顔をしている。

 その無表情が、男たちにあれやこれやと変な悪口を言われる所以でもある。

 珍しいと思うとともに、いけ好かないと感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

1333

干支ピリカ
歴史・時代
 鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。 (現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)  鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。  主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。  ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝

糸冬
歴史・時代
浅井賢政(のちの長政)の初陣となった野良田の合戦で先陣をつとめた磯野員昌。 その後の働きで浅井家きっての猛将としての地位を確固としていく員昌であるが、浅井家が一度は手を携えた織田信長と手切れとなり、前途には様々な困難が立ちはだかることとなる……。 姉川の合戦において、織田軍十三段構えの陣のうち実に十一段までを突破する「十一段崩し」で勇名を馳せた武将の一代記。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

処理中です...