本能寺燃ゆ

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第一章「純愛の村」

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 十兵衛が権太の村にやってきたのは、二年ほど前のこと。

 その日は、朝から男たちが険しい顔を突き合わせていた。

 春先から長雨が続いたかと思えば、一転旱になり、ここひと月水を吸わなくなった田畑は干上がり、作物はすでに生きることを諦め、最期を待つかのように大地に横たわっていた。

 近くの川から水を引いているのだが、いつもより水量が少ない。

 そこに上流の村が川を堰き止めたものだから、水が全く来なくなってしまった。

 上流の村も現状が厳しいのは分かる。

 余裕があれば周りのことも少しは見えようが、今日か明日かと生死がかかったなら、他人のことなど構っていられない。

 自分の村が、自分たちの家族が、自分自身が大事だ。

 村人の命を守るための決断だったのだろう。

 だからといって、断りもなしに川を堰き止めていいものか。

 水に関しては、互いの庄屋が話し合って解決すると、昔からの習わしがある。

 それでも揉めるようなら、領主に願い出て裁断してもらう。

 上の村は、その慣習を破ってまで水止めをした。

 切羽詰っていたということだろうが、それなら下の村も同じ。

 状況は上の村より悪い。

 川を止められれば、もはや死ねと言われているのと同じだ。

 そこまでやるかと怒った庄屋が、上の村の庄屋のもとに話し合いに向かったが、お互い己の村の窮状と相手の村の卑劣さを怒号交じりに言い合い、挙句に上流の庄屋が刃物まで持ち出した。

 鍬や鋤をかかげた村人も集まり、庄屋は慌てて逃げ帰ってきた次第。

 仕方なく領主に現状を訴え出た。

 領主は、面倒事はそちらで処理しろという態度で、年貢だけ納めればそれでいいからという、何とも他人事。

 それでも、再三庄屋が来るので煩くなったのか、そちらに遣いの者を寄越すと言って早十日が過ぎた。

 領主は解決する気がないのであろう、こうなったら自力で生きる道を勝ち取るしかないと、男たちは集まり、上の村を襲うはかりごとを立てていた。

 そこに、

「庄屋さんのところに、遣いが来とる」

 と、子どもが言ってきた。

 連れ立って庄屋のところに行くと、すでに屋敷の前には女や子どもたちが集まっていた。

「ぼうら、どけや」

 男たちは女子どもを蠅のように追い払い、生垣を覗き込んだ。

「あれが遣いね? なんや頼りなかね」

 顔を見合わせ、ため息を吐いた。

 男たちの様子を見て、女や子どもたちももう一度見てみようと男たちの間から顔を出した。

 体の小さな権太も、見える場所を確保しようと必死で背伸びをしたりしたが、父の源太郎の背中が見えたので、その臭い脇の下から顔を覗かせることができた。

 垣根の向こう、年貢を運び入れ調べる庭先の縁側に男が腰を下ろし、庄屋である荘三郎と何やら話をしていた。

 上背はあるが、ひょろりとしている、色白で幾分頭の鉢が大きく、頬がふっくらとしている、眉毛は細く、目尻がすっきりとして、高く盛り上がった鼻とは対照的に口は小さい。

 今までも、領主の使いだ、野武士の襲撃だと、武士もののふというものを何度か見てきたが、総じて色黒で、眉が太くて、目が大きく、狼のようにぎらぎらとして、鼻は猪のように押しつぶれ、口はやはり狼のように大きくて、いまにもこちらに食いつかんばかりの、こちらが委縮してしまうような雰囲気を持った男たちだった。

 が、縁側に腰掛け、庄屋の出した白湯を飲んでいる姿など、一見して武士というよりも………………女子のようだ。

 権太も、うん、頼りない……と思った。
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