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第20話
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宇音美は、ひとりで死装束に着替えた。
真っ白な衣と裳を着け、染み一つない帯を結び終えると、ふと夫の遺体を見ていないことに気がついた。
―― 黄泉の国で会えるのだけれども、やはり最後にひと目だけ………………
遺体が安置されている部屋の前まで来ると、同じく死装束を身に纏った義母が立ち塞がった。
「そなたは、ここには入れぬ」
「なぜでございますか? お義母さま」
「そなたは蘇我家の女ではない。蘇我家の女ではないそなたと、ともに自害するいわれはない」
宇音美は呆然となった。
最後の最後になっても、義母は宇音美を他人扱いする。
宇音美を入鹿の妻として認めてはくれない。
あまりにも非道だと、宇音美は泣きついた。
「黙れ! そなたのような不吉な女と死をともにすれば、黄泉の国まで行けぬは。さあ、出ていて! この屋敷から出て行け!」
「いえ、出て行きません。私も、蘇我の女として自害いたします。蘇我の誇りを持って」
「この馬鹿女が!」
義母は右手を振り上げ、宇音美の頬目掛けて振り下ろした。
鋭い音が響き渡り、遅れて痛みがやってきた。
「大郎の気持ちが分かってないのは、そなたのほうではないか!」
宇音美は、義母の言っている意味が分からなかった。
「あの子を残して死ぬことが、そなたの母としての役目ですか!」
赤子に必要なのは、家柄でも、名誉でも、冨でもない、親の温もりだ、どんなに苦しくても、親さえいれば生きていけるのだ、大郎は、そなたが子を残して死ぬのを望んではいない、そなたに生きて欲しいと望んでいる、そして、わが子を立派に育てて欲しい………………と、義母の双眸からぽたぽたと涙が零れ落ちた。
「自分の人生観や価値観、誇りのために、子どもを犠牲にするのは最大の悪です。人は、子を産み、慈しみ、育てるために生きているのです。人生において、それ以上に掛替えのない仕事がありましょうや。さあ行きなさい。赤子のあとを追いなさい。そして、あの子の傍にいてやるのです。立派に育て上げるのです。それが、蘇我の女としての責務です」
義母が認めてくれた。
蘇我の女として認めてくれた。
初めて、義母と心が通じ合ったような気がした。
感動と欣幸に、宇音美はただ立ち尽くした。
「何をしているのです。さあ、お行きなさい。赤子が待っていますよ。そなたには聞こえないのですか、赤子の泣く声が。さあ、さあ」
「でも、お母さまは?」
「私は、息子の傍にいてやります。それが、母親としての責務です」
義母は、赤子ほどもある包を手渡した。
宇音美が入鹿のためにと縫っていた衣で包んである。
中身は何かと問うと、義母は黙って押し付けた。
「これを持って、早く赤子のところへ」
宇音美は裳を翻した。
裾がふわりと花びらのように舞った。
口元を抑え、嗚咽を堪えながら屋敷を出た。
後ろ髪を引かれるような思いで、丘を駆け下りた。
真っ白な衣と裳を着け、染み一つない帯を結び終えると、ふと夫の遺体を見ていないことに気がついた。
―― 黄泉の国で会えるのだけれども、やはり最後にひと目だけ………………
遺体が安置されている部屋の前まで来ると、同じく死装束を身に纏った義母が立ち塞がった。
「そなたは、ここには入れぬ」
「なぜでございますか? お義母さま」
「そなたは蘇我家の女ではない。蘇我家の女ではないそなたと、ともに自害するいわれはない」
宇音美は呆然となった。
最後の最後になっても、義母は宇音美を他人扱いする。
宇音美を入鹿の妻として認めてはくれない。
あまりにも非道だと、宇音美は泣きついた。
「黙れ! そなたのような不吉な女と死をともにすれば、黄泉の国まで行けぬは。さあ、出ていて! この屋敷から出て行け!」
「いえ、出て行きません。私も、蘇我の女として自害いたします。蘇我の誇りを持って」
「この馬鹿女が!」
義母は右手を振り上げ、宇音美の頬目掛けて振り下ろした。
鋭い音が響き渡り、遅れて痛みがやってきた。
「大郎の気持ちが分かってないのは、そなたのほうではないか!」
宇音美は、義母の言っている意味が分からなかった。
「あの子を残して死ぬことが、そなたの母としての役目ですか!」
赤子に必要なのは、家柄でも、名誉でも、冨でもない、親の温もりだ、どんなに苦しくても、親さえいれば生きていけるのだ、大郎は、そなたが子を残して死ぬのを望んではいない、そなたに生きて欲しいと望んでいる、そして、わが子を立派に育てて欲しい………………と、義母の双眸からぽたぽたと涙が零れ落ちた。
「自分の人生観や価値観、誇りのために、子どもを犠牲にするのは最大の悪です。人は、子を産み、慈しみ、育てるために生きているのです。人生において、それ以上に掛替えのない仕事がありましょうや。さあ行きなさい。赤子のあとを追いなさい。そして、あの子の傍にいてやるのです。立派に育て上げるのです。それが、蘇我の女としての責務です」
義母が認めてくれた。
蘇我の女として認めてくれた。
初めて、義母と心が通じ合ったような気がした。
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「何をしているのです。さあ、お行きなさい。赤子が待っていますよ。そなたには聞こえないのですか、赤子の泣く声が。さあ、さあ」
「でも、お母さまは?」
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義母は、赤子ほどもある包を手渡した。
宇音美が入鹿のためにと縫っていた衣で包んである。
中身は何かと問うと、義母は黙って押し付けた。
「これを持って、早く赤子のところへ」
宇音美は裳を翻した。
裾がふわりと花びらのように舞った。
口元を抑え、嗚咽を堪えながら屋敷を出た。
後ろ髪を引かれるような思いで、丘を駆け下りた。
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