18 / 21
第18話
しおりを挟む
宇音美の決断を聞いて、国押は唖然となった。
「まことに、それでよろしいのですか?」
「これが蘇我のためです。大郎さまが生きていらっしゃれば、きっとこのようになさったはずですわ」
国押は、うむと唸った、「確かに、林大臣さまならば、そうおっしゃるでしょうな。しかし、本当によろしいので? 我らは、若君のためなら命を惜しみませんが?」と、もう一度念を押した。
「そなたらの気持ちだけで十分です」
宇音美は、寂しそうに笑った。
兵士たちを呼び集めた国押は、こう叫んだ。
「聞け! 我々は林大臣さまのためにきっと殺されるだろう。豊浦大臣さまも、今日、明日には誅殺されることは間違いない。ならば誰のために虚しく戦い、処刑されるのか!」
そして剣を解き、弓矢を投げ捨てた。
これまでと悟った兵士たちも、武器を捨て、ぞくぞくと丘を下りていった。
「宇音美さま、私もそろそろ」
国押が別れの挨拶をすると、宇音美は静かに頷き、すやすやと眠る赤子を手渡した。
「高向臣さま、きっとお願いします」
「我が命に代えても、必ずお守りいたします」
宇音美は、赤子の顔を覗き込んだ。
「立派な人になんかならなくていいの。元気に育ってくれれば、お母さまは十分です。いいですね、我儘を言って、高向臣を困らせては駄目ですよ。お母さまは、お父さまと一緒に、黄泉の国より見守っていますからね」
国押は、はらはらと泣いた。
宇音美は目を真っ赤にさせていたが、ひと粒も涙を零さなかった。
その儚いまでの気丈さに、国押はさらに涙を流した。
「さあ、早く、赤子が目覚めてしまわないうちに」
国押は一礼すると、脱兎のごとく甘樫丘を下っていった。
「まことに、それでよろしいのですか?」
「これが蘇我のためです。大郎さまが生きていらっしゃれば、きっとこのようになさったはずですわ」
国押は、うむと唸った、「確かに、林大臣さまならば、そうおっしゃるでしょうな。しかし、本当によろしいので? 我らは、若君のためなら命を惜しみませんが?」と、もう一度念を押した。
「そなたらの気持ちだけで十分です」
宇音美は、寂しそうに笑った。
兵士たちを呼び集めた国押は、こう叫んだ。
「聞け! 我々は林大臣さまのためにきっと殺されるだろう。豊浦大臣さまも、今日、明日には誅殺されることは間違いない。ならば誰のために虚しく戦い、処刑されるのか!」
そして剣を解き、弓矢を投げ捨てた。
これまでと悟った兵士たちも、武器を捨て、ぞくぞくと丘を下りていった。
「宇音美さま、私もそろそろ」
国押が別れの挨拶をすると、宇音美は静かに頷き、すやすやと眠る赤子を手渡した。
「高向臣さま、きっとお願いします」
「我が命に代えても、必ずお守りいたします」
宇音美は、赤子の顔を覗き込んだ。
「立派な人になんかならなくていいの。元気に育ってくれれば、お母さまは十分です。いいですね、我儘を言って、高向臣を困らせては駄目ですよ。お母さまは、お父さまと一緒に、黄泉の国より見守っていますからね」
国押は、はらはらと泣いた。
宇音美は目を真っ赤にさせていたが、ひと粒も涙を零さなかった。
その儚いまでの気丈さに、国押はさらに涙を流した。
「さあ、早く、赤子が目覚めてしまわないうちに」
国押は一礼すると、脱兎のごとく甘樫丘を下っていった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

法隆寺燃ゆ
hiro75
歴史・時代
奴婢として、一生平凡に暮らしていくのだと思っていた………………上宮王家の奴婢として生まれた弟成だったが、時代がそれを許さなかった。上宮王家の滅亡、乙巳の変、白村江の戦………………推古天皇、山背大兄皇子、蘇我入鹿、中臣鎌足、中大兄皇子、大海人皇子、皇極天皇、孝徳天皇、有間皇子………………為政者たちの権力争いに巻き込まれていくのだが………………
正史の裏に隠れた奴婢たちの悲哀、そして権力者たちの愛憎劇、飛鳥を舞台にした大河小説がいまはじまる!!
江戸の櫛
春想亭 桜木春緒
歴史・時代
奥村仁一郎は、殺された父の仇を討つこととなった。目指す仇は幼なじみの高野孝輔。孝輔の妻は、密かに想いを寄せていた静代だった。(舞台は架空の土地)短編。完結済。第8回歴史・時代小説大賞奨励賞。

呟き
艶
歴史・時代
弥生・奈良・平安・鎌倉・南北朝・安土桃山・戦国・江戸・明治と過去の時代に人々の側にいた存在達が、自分を使っていた人達の事を当時を振り返り語る話の集合です。
長編になっていますが、いくつもの話が寄り集まった話になっています。
また、歴史物ですがフィクションとしてとらえてください。

鬼の桃姫
井田いづ
歴史・時代
これはむかしむかしの物語。鬼の頭領である桃姫は日々"狩り"をしながら平和に島を治めていた。ある日のこと、鬼退治を掲げた人間が島に攻め入って来たとの知らせが入る。桃姫の夢と城が崩れ始めた────。
+++++++++++++++++
当作品は『桃太郎』『吉備津彦命の温羅退治』をベースに創作しています。
四本目の矢
南雲遊火
歴史・時代
戦国大名、毛利元就。
中国地方を統一し、後に「謀神」とさえ言われた彼は、
彼の時代としては珍しく、大変な愛妻家としての一面を持ち、
また、彼同様歴史に名を遺す、優秀な三人の息子たちがいた。
しかし。
これは、素直になれないお年頃の「四人目の息子たち」の物語。
◆◇◆
※:2020/06/12 一部キャラクターの呼び方、名乗り方を変更しました
WEAK SELF.
若松だんご
歴史・時代
かつて、一人の年若い皇子がいた。
時の帝の第三子。
容姿に優れ、文武に秀でた才ある人物。
自由闊達で、何事にも縛られない性格。
誰からも慕われ、将来を嘱望されていた。
皇子の母方の祖父は天智天皇。皇子の父は天武天皇。
皇子の名を、「大津」という。
かつて祖父が造った都、淡海大津宮。祖父は孫皇子の資質に期待し、宮号を名として授けた。
壬申の乱後、帝位に就いた父親からは、その能力故に政の扶けとなることを命じられた。
父の皇后で、実の叔母からは、その人望を異母兄の皇位継承を阻む障害として疎んじられた。
皇子は願う。自分と周りの者の平穏を。
争いたくない。普通に暮らしたいだけなんだ。幸せになりたいだけなんだ。
幼い頃に母を亡くし、父と疎遠なまま育った皇子。長じてからは、姉とも引き離され、冷たい父の元で暮らした。
愛してほしかった。愛されたかった。愛したかった。
愛を求めて、周囲から期待される「皇子」を演じた青年。
だが、彼に流れる血は、彼を望まぬ未来へと押しやっていく。
ーー父についていくとはどういうことか、覚えておけ。
壬申の乱で散った叔父、大友皇子の残した言葉。その言葉が二十歳になった大津に重く、深く突き刺さる。
遠い昔、強く弱く生きた一人の青年の物語。
―――――――
weak self=弱い自分。
華日録〜攫われ姫君の城内観察記〜
神崎みゆ
歴史・時代
時は江戸時代、
五代将軍徳川綱吉の治世。
江戸城のお膝元で、
南町奉行所の下っ端同心を父に持つ、
お転婆な町娘のおはな。
ある日、いきなり怪しげな
男たちに攫われてしまい、
次に目にしたのは、絢爛豪華な
江戸城大奥で…!?
なんと、将軍の愛娘…鶴姫の
身代わりをすることに…!
仰天するおはなだったが、
せっかく江戸城にいるんだし…と
城内を観察することに!
鶴姫として暮らす江戸城内で
おはなの目に映ったものとは…?
ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て
せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。
カクヨムから、一部転載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる