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第15話
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最終的な決断は蝦夷に任されたが、彼は溜息を吐いてばかりだった。
「とてもじゃないが、いまのわしには考えられん。宇音美、お前が決断せよ」と、行き成り振られた。
「この女に、蘇我の大事を託すのですか?」と、義母はとんでもないと反発した。
「宇音美は、入鹿の妃であるし、跡取り息子の母でもある。適任であろう」
一同の視線が、宇音美に注がれる。
突然のことに、宇音美は、どうすればいいのか分からなかった。
力をあわせて戦いましょうというべきか、白旗をあげましょうというべきか、お決まりの眉間に皺を寄せた。
それを見かねた入鹿の母が、「この女はいつもこれだ。優柔不断なあんたに、大臣の妃である資格はないんだよ」と吐き捨て、勇んで立ち上がった。
一同を見渡した。
「そなたたち、いったい誰のお陰で豊かな生活ができるのです。そなたの父や母が何不自由なく暮らせるのは誰のお陰ですか? そなたの妻や子が食べる物に困らないのは誰のお陰ですか? みな、嶋大臣(蘇我馬子)さまや豊浦大臣さま、林大臣さまのお陰ではないのですか! そなたらは、恩ある蘇我家に仇をなす気ですか!」
入鹿の母は、侍女から孫を引ったくり、唖然とする宇音美や男たちの間を抜け、外にでた。
集っていた兵士たちの前に仁王立ちすると、我が孫を天高らかに掲げ、叫んだ。
「この子が、次の大臣です。この子のもとに団結し、女王軍を粉砕するのです!」
赤子がわんわんと泣き出した。
兵士たちは呆然としている。
「何をしているのです。次の大臣が、軍将が鬨の声をあげているのですよ。それ、みなのものも鬨の声を!」
兵士たちは奮起し、一斉に声をあげた。
「戦うぞ、蘇我のために、女王軍と戦うぞ。それ、声を!」
男たちの声は地響きとなり、甘樫丘を揺らした。
赤子の母は、慌てて義母のそばに駆け寄った。
「お、お義母さま、な、何を? この子を軍将に? この子はまだ立ち上がることもできない赤子ですよ」
「それは百も承知です。ですが、大郎亡きあと、蘇我一族を纏められるのはこの子以外にありません」
「こ、この子に戦場に出ろとおっしゃるのですか? お義母さまは、ご自分の孫を戦場に出すと言うのですか? この子が可愛くはないのですか?」
二人の間に国押が割って入った。
「宇音美さま、戦には大将が必要です。何もしなくてもよいが、この人のためならば死ねるという人物が必要なのです。我々は、林大臣さまに恩義がある身。林大臣さまのお子さまならば、命をかけて戦いましょう。御安心くださいませ。お子さまは、必ずや私がお守りいたしますので」
「嫌です! 嫌です! なぜ赤子を戦場に出さねばならぬのですか? 私の可愛い赤子を戦場に!」
「宇音美、この子はそなたの子ではない」、義母は目を血走らせて言った、「この子は大郎の子、蘇我一族の星、未来の大臣です」
「いえいえ、私の赤子です。私の子なのです」
宇音美は、義母から赤子を奪い取ると、兵士たちを掻き分け、屋敷の一角にあるお堂に飛び込んだ。
内側から閂を落とし、赤子とともに閉じこもった。
「とてもじゃないが、いまのわしには考えられん。宇音美、お前が決断せよ」と、行き成り振られた。
「この女に、蘇我の大事を託すのですか?」と、義母はとんでもないと反発した。
「宇音美は、入鹿の妃であるし、跡取り息子の母でもある。適任であろう」
一同の視線が、宇音美に注がれる。
突然のことに、宇音美は、どうすればいいのか分からなかった。
力をあわせて戦いましょうというべきか、白旗をあげましょうというべきか、お決まりの眉間に皺を寄せた。
それを見かねた入鹿の母が、「この女はいつもこれだ。優柔不断なあんたに、大臣の妃である資格はないんだよ」と吐き捨て、勇んで立ち上がった。
一同を見渡した。
「そなたたち、いったい誰のお陰で豊かな生活ができるのです。そなたの父や母が何不自由なく暮らせるのは誰のお陰ですか? そなたの妻や子が食べる物に困らないのは誰のお陰ですか? みな、嶋大臣(蘇我馬子)さまや豊浦大臣さま、林大臣さまのお陰ではないのですか! そなたらは、恩ある蘇我家に仇をなす気ですか!」
入鹿の母は、侍女から孫を引ったくり、唖然とする宇音美や男たちの間を抜け、外にでた。
集っていた兵士たちの前に仁王立ちすると、我が孫を天高らかに掲げ、叫んだ。
「この子が、次の大臣です。この子のもとに団結し、女王軍を粉砕するのです!」
赤子がわんわんと泣き出した。
兵士たちは呆然としている。
「何をしているのです。次の大臣が、軍将が鬨の声をあげているのですよ。それ、みなのものも鬨の声を!」
兵士たちは奮起し、一斉に声をあげた。
「戦うぞ、蘇我のために、女王軍と戦うぞ。それ、声を!」
男たちの声は地響きとなり、甘樫丘を揺らした。
赤子の母は、慌てて義母のそばに駆け寄った。
「お、お義母さま、な、何を? この子を軍将に? この子はまだ立ち上がることもできない赤子ですよ」
「それは百も承知です。ですが、大郎亡きあと、蘇我一族を纏められるのはこの子以外にありません」
「こ、この子に戦場に出ろとおっしゃるのですか? お義母さまは、ご自分の孫を戦場に出すと言うのですか? この子が可愛くはないのですか?」
二人の間に国押が割って入った。
「宇音美さま、戦には大将が必要です。何もしなくてもよいが、この人のためならば死ねるという人物が必要なのです。我々は、林大臣さまに恩義がある身。林大臣さまのお子さまならば、命をかけて戦いましょう。御安心くださいませ。お子さまは、必ずや私がお守りいたしますので」
「嫌です! 嫌です! なぜ赤子を戦場に出さねばならぬのですか? 私の可愛い赤子を戦場に!」
「宇音美、この子はそなたの子ではない」、義母は目を血走らせて言った、「この子は大郎の子、蘇我一族の星、未来の大臣です」
「いえいえ、私の赤子です。私の子なのです」
宇音美は、義母から赤子を奪い取ると、兵士たちを掻き分け、屋敷の一角にあるお堂に飛び込んだ。
内側から閂を落とし、赤子とともに閉じこもった。
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