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第14話
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あのときと同じように、屋根の上は静かだった。
雨が止んだわけではない。
霧雨だ。
大広間に入ってきた国押の体には、細かな雫が纏わりついていた。
「宇音美さま、よろしいですか? ご使者が参りましたので」
「使者? 何処のです?」
「女王軍の使者に決まっておろうが!」
国押の代わりに、大広間に入ってきた義母が強い口調で言った。
義母は、宇音美を軽蔑した眼差しで一瞥すると、上座に陣取った。
その隣に、義父の蝦夷が座った。
両瞼は真っ赤に腫れ上がり、憔悴しきっていた。
赤子を抱いた侍女が続く。
赤子は、幾分むずかっていた。
その後ろから蘇我一族の主だった者が入り、最後は女王軍の使者が姿を現した。
宇音美は、どうしていいのか分からず、辺りをきょろきょろと見回した。
「何をしているのです。そなたはここに座りなさい」
宇音美は、義母の命令に従い、彼女の傍らに極力体を小さくして座った。
女王軍の使者は、一同をぐるりと見回し、徐に口を開いた、「よろしいですかな。では……」と、幾分傲慢な態度で言った。
女王軍と戦うのか、それとも恭順の姿勢を示すのか、返答を迫った。
女王側と戦えば逆賊になる。
恭順の姿勢を示せば、蘇我本家以外は不問にいたす。
いずれにしろ、蘇我本家には呑めない要求であった。
返答は未明までと使者は立ち上がった。
「申し開きの場はないのでしょうか?」
蝦夷は追い縋ったが、使者は、「ない」と冷たく言い放って屋敷を出た。
「いまさら、女王が耳を傾けるわけがないでしょう。はじめから、我が一族を取り潰すつもりでいるのですから」
義母は、項垂れる夫を睨みつけた。
一族の間で意見が割れた。
大王家を守り立ててきたのは蘇我家だ、我らこそが正義、我ら一族が結集すれば、必ずや大王家や他の豪族に勝利する、いまこそ蘇我氏の力を見せるときだ、と主張する者がいた。
いまや殆どの豪族が女王側についた、石川臣のように蘇我一族でも女王につく者が現れた、頼みの物部一族も援軍に来ない、戦わずして勝敗は決した、無益な戦いは止そう、という意見があった。
そのうち一同は、蘇我家が大王家や他の豪族から恨みを買うようになった原因について議論しあうようになった。
このような状況を作り出したのは、林大臣にある、林大臣は専横すぎた、いくら民のためとはいえ、大王家や他の豪族方を蔑ろにしすぎた、もう少し配慮をすべきだったのだと、入鹿を批判した。
それを聞いていた宇音美は、悔しくて堪らなかった。
入鹿がいなければ、大王家や他の豪族の圧制で民は苦しい生活を送っていただろう。
入鹿が悪いのではない。
自己の欲望を貪る大王家や他の豪族が悪いのだ。
しかし一方で、入鹿を批判する気持ちも分かる。
本人は決してその気はないのだが、不正が大嫌いな入鹿の冷静沈着で、妥協を許さない態度は、他人の目には冷徹で、傲慢、横暴に映ったことだろう。
それを考えると、一概に反論はできなかった。
雨が止んだわけではない。
霧雨だ。
大広間に入ってきた国押の体には、細かな雫が纏わりついていた。
「宇音美さま、よろしいですか? ご使者が参りましたので」
「使者? 何処のです?」
「女王軍の使者に決まっておろうが!」
国押の代わりに、大広間に入ってきた義母が強い口調で言った。
義母は、宇音美を軽蔑した眼差しで一瞥すると、上座に陣取った。
その隣に、義父の蝦夷が座った。
両瞼は真っ赤に腫れ上がり、憔悴しきっていた。
赤子を抱いた侍女が続く。
赤子は、幾分むずかっていた。
その後ろから蘇我一族の主だった者が入り、最後は女王軍の使者が姿を現した。
宇音美は、どうしていいのか分からず、辺りをきょろきょろと見回した。
「何をしているのです。そなたはここに座りなさい」
宇音美は、義母の命令に従い、彼女の傍らに極力体を小さくして座った。
女王軍の使者は、一同をぐるりと見回し、徐に口を開いた、「よろしいですかな。では……」と、幾分傲慢な態度で言った。
女王軍と戦うのか、それとも恭順の姿勢を示すのか、返答を迫った。
女王側と戦えば逆賊になる。
恭順の姿勢を示せば、蘇我本家以外は不問にいたす。
いずれにしろ、蘇我本家には呑めない要求であった。
返答は未明までと使者は立ち上がった。
「申し開きの場はないのでしょうか?」
蝦夷は追い縋ったが、使者は、「ない」と冷たく言い放って屋敷を出た。
「いまさら、女王が耳を傾けるわけがないでしょう。はじめから、我が一族を取り潰すつもりでいるのですから」
義母は、項垂れる夫を睨みつけた。
一族の間で意見が割れた。
大王家を守り立ててきたのは蘇我家だ、我らこそが正義、我ら一族が結集すれば、必ずや大王家や他の豪族に勝利する、いまこそ蘇我氏の力を見せるときだ、と主張する者がいた。
いまや殆どの豪族が女王側についた、石川臣のように蘇我一族でも女王につく者が現れた、頼みの物部一族も援軍に来ない、戦わずして勝敗は決した、無益な戦いは止そう、という意見があった。
そのうち一同は、蘇我家が大王家や他の豪族から恨みを買うようになった原因について議論しあうようになった。
このような状況を作り出したのは、林大臣にある、林大臣は専横すぎた、いくら民のためとはいえ、大王家や他の豪族方を蔑ろにしすぎた、もう少し配慮をすべきだったのだと、入鹿を批判した。
それを聞いていた宇音美は、悔しくて堪らなかった。
入鹿がいなければ、大王家や他の豪族の圧制で民は苦しい生活を送っていただろう。
入鹿が悪いのではない。
自己の欲望を貪る大王家や他の豪族が悪いのだ。
しかし一方で、入鹿を批判する気持ちも分かる。
本人は決してその気はないのだが、不正が大嫌いな入鹿の冷静沈着で、妥協を許さない態度は、他人の目には冷徹で、傲慢、横暴に映ったことだろう。
それを考えると、一概に反論はできなかった。
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