大兇の妻

hiro75

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第11話

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 屋敷内は、野分が襲ってきたかのように騒がしくなった。

 兵士たちは金属音を奏でながら走り回っている。

 従者たちが廊下を右往左往している。

 侍女たちは顔を合わせるとこそこそ話をする。

 盗み聞きをするつもりはないのだが、あまりに声が大きいので耳に入ってしまう。

「林大臣さまを襲ったのは、葛城王子かつらぎのみこ(中大兄皇子)さまらしいわよ」

「中臣さまもいたらしいわ」

 話を繋ぎ合わせると、入鹿は儀式の最中に襲われたらしい。

 襲ったのは数人で、その中に女王の息子である葛城王子もいたようだ。

 大王おおきみ家の王子みこ王女ひめみこは、生まれるとすぐに各豪族に預けられ、生活の一切の支援を受けた。

 大王家と豪族の繋がりを強化するのが目的である。

 葛城王子は、蘇我一族である葛城家の支援を受けていた。

 入鹿への襲撃は、蘇我本家に対する裏切りの何ものでもない。

 ただ、葛城王子は素行が悪いことで有名だ。

 入鹿がいつも苦言を呈していた。

 それを逆恨みに思って入鹿を襲ったのであろう。

 酷い所業だと、宇音美は葛城王子の首を締めるかのように、裳の裾を握り締めた。

 葛城王子の裏切りよりも衝撃的だったのが、中臣連鎌子なかとみのむらじかまこ(中臣鎌足)が仲間に加わっていたことだ。

「あれほど、仲が良かったのに……」

 ある日、入鹿が一人の男を連れてきた。

 僧旻みんの講堂で出会ったという。

 げじげじ眉毛で、浅黒く、背の低い男だった。

 面白い男だった。

 ひょうきんな顔をして、可笑しな話ばかりした。

 入鹿は両頬を崩して笑った。

 いままで、入鹿が客人を連れてくることなどなかったので驚いた。

 鎌子の戯言に入鹿が笑っているので、いっそう驚いた。

 ときには二人で、国や民の行く末を熱く論じた。

 普段は酒をあまり飲まない入鹿も、鎌子が一緒だと痛飲した。

 ―― 鎌子さまを信頼なさっているのね。大郎さまにとって、鎌子さまは大切な存在なのね。

 滅多に見せない入鹿の笑顔を見詰めながら、宇音美は鎌子の存在に感謝し、また嫉妬もした。

 鎌子が、何故入鹿を裏切ったのか分からない。

 いや、はじめから裏切るつもりで夫に近付いたのかもしれない。

 襲撃者の中に鎌子の顔を認めたときの、夫の惨めな気持ちを察すると、宇音美は居た堪れない。

 あの鎌子の、ひょうきんな顔をずたずたに引き裂いてやりたかった。
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