大兇の妻

hiro75

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第2話

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 宇音美は、谷の屋敷に急いだ。

 泣きじゃくる息子を縫いかけの麻衣に包み、背中に担ぐと、馬に飛び乗った。

 侍女や従者たちが止めるのを振り切り、鞭を入れた。

 半月のような奈良盆地の下弦に、大和三山がある。

 飛鳥地方を囲むようにして、北に耳成山、東に香具山、西に畝傍山である。

 宇音美大郎女の屋敷は、畝傍山の東麓にあった。

 宇音美は、馬を東に走らせた。

 雨足が激しくなった。

 赤子が泣き叫ぶのも構わず、鞭を入れ続けた。

 入鹿の居住する谷の屋敷は、甘樫丘にあった。

 香具山と畝傍山の中ほど、飛鳥地方の中心部分である。

 屋敷からは、飛鳥一帯が一望できる。

 豊浦大臣の屋敷もあり、民からは「上の宮門」「谷の宮門」と尊称されていた。

 入鹿の口癖は、『政ノ根本ハ、経国在民 ―― 国ヲ治メ、民ヲ助ケルコトニアル』だった。

 その言葉どおり、常に民の暮らしに気を配り、自分の親兄弟のごとく大切にした。

 不正を働き、民を痛めつける豪族や官吏、悪事を働き、民を苦しめる盗賊たちを厳しく罰した。

 彼らは入鹿の権勢を恐れた。

 民たちは彼の執政を喜び、女王以上に尊んだ。

 王族からは、不敬だと罵られていた。

 他の豪族からは、傲慢だと嫉妬された。

『林大臣は、王族をことごとく滅ぼし、自らが王になろうとしておる』

 と、根も葉もない噂を流布する者もいた。

 夫に逆心などあるはずがない。

 恐らくは、夫の執政に反発する豪族たちが、自ら権力を握るために入鹿を陥れたのだろう。

 ―― こんなことになるなら、お止めしておけば良かった。

 宇音美はいまさらながらに悔やんだ。
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